『さがす』
『岬の兄妹』の片山慎三監督が佐藤二朗と伊東蒼の父娘で描き出す、ヒューマンサスペンス。探していたのはなにか。
公開:2022 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 片山慎三 共同脚本: 小寺和久 高田亮 キャスト 原田智: 佐藤二朗 原田楓: 伊東蒼 山内照巳: 清水尋也 ムクドリ: 森田望智 花山豊: 石井正太朗 蔵島みどり: 松岡依都美 原田公子: 成嶋瞳子 馬渕: 品川徹
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
大阪の下町で平穏に暮らす原田智(佐藤二朗)と中学生の娘・楓(伊東蒼)。
「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」
いつもの冗談だと思い、相手にしない楓。しかし、その翌朝、智は煙のように姿を消す。
ひとり残された楓は孤独と不安を押し殺し、父をさがし始めるが、警察でも「大人の失踪は結末が決まっている」と相手にもされない。それでも必死に手掛かりを求めていくと、日雇い現場に父の名前があることを知る。
「お父ちゃん!」
だが、その声に振り向いたのはまったく知らない若い男だった。
レビュー(まずはネタバレなし)
良くも悪くも裏切られる
『岬の兄妹』で高い評価を得た片山慎三監督の商業デビュー作に、監督が当て書きしたという怪優・佐藤二朗が主演を務める。突如忽然と失踪した父親と、それを探す中学生の娘のサスペンスが、娘の目線、父の目線、そして殺人犯の目線で構成される。
片山慎三監督は『岬の兄妹』で、これってコンプライアンス上問題ないの?と不安になる倫理観や道徳そっちのけの過激さと面白さで映画を撮りきっている。それが、自主映画である同作の強みであり魅力だった。
商業映画ではさすがに過激を捨ててエンタメ路線に走ったように言われているが、観終わると相変わらず倫理上やばそうな作品を撮っているのだなと思える。
◇
ただ、始めにお断りしておくが、私は本作は少々苦手だ。ネタバレせずに理由を語ると、丸めた表現になってしまうが、予想の裏切られ方があまり気持ちよくないことと脚本の詰めの甘さということになる。メイン三人の俳優陣の演技は良かったので、一見の価値があるとは思うけれど。
指名手配中の連続殺人犯見たんや
冒頭、夜の繁華街を全力疾走する女子中学生の楓(伊東蒼)。どこの町かと思うと、ヌケに通天閣が見える。舞台は大阪・西成か。
そんなに慌てて走ると、『空白』(𠮷田恵輔監督)の万引容疑で逃走したときみたいに、クルマに轢かれて死んでしまわないかと心配になる。だが、今回万引で捕まるのは、伊東蒼ではなく佐藤二朗演じる父親の原田智。定職も金もなく、どうにも困った父親のようだ。
◇
「お父ちゃんな、指名手配中の連続殺人犯見たんや。捕まえたら300万もらえるで」
そんなはずあるかい、ええから仕事せい、とツッコミたくなる父親の言動だが、実は片山慎三監督が若い頃に、実父が同様の発言をしたという実体験に基づいている。その後に犯人が検挙されたあとに足取りを追ってみると、実父と同じ電車に乗っていたことが判明したとか。
私は普段、極力予備知識なしに映画を観るようにしているが、なぜかこの実体験の話だけは事前に知っていた。なので、このネタをどう膨らましていくのか、興味津々だった。
父と同じ名前で働く若者
卓球上手の楓と、町で卓球場を経営していた智。西成育ちでズケズケと口汚く父を責める年頃の娘の威勢の良さと不出来な父親は、まるで<じゃりン子チエ>の父娘みたいだが、なにげに仲は良さそう。だが、その翌朝、智は煙のように姿を消してしまう。
失踪届を出しても警察には相手にされず、金に困った人間が行く先はと楓が訪ね当たった日雇い現場には、父親と同じ名前で働いている若者(清水尋也)。
失意に沈む中、無造作に貼りだされていた連続殺人犯の指名手配チラシが目に入った楓。そこには、日雇い現場で出会った、あの若い男の顔があった。
ネタバレなしでは、公式サイトに書かれた情報までしか語らないが、ここまでの話の運びはなかなか秀逸だ。指名手配犯は爪を噛んでいたと語っていた智だが、日雇いの若者も爪を噛んで登場する。
「無事です。探さないでください」と失踪中の智から楓にメール。楓は怒りのあまり、路上で担任教師(松岡依都美)のまわりをグルグルと回り出す。だが、メールの内容を果たして真に受けて良いのか。
苦労して貼った尋ね人のチラシを剥がす楓だが、その智の顔写真の脇に連続殺人犯・山内照巳(清水尋也)の写真が登場する構図がいい。
◇
楓の目線で描かれたここまでのパートと、韓国のデザイン会社Propagandaの手によるポスターデザインは気に入っているのだが、この後、物語はじわじわと嫌な方向に進んでしまう。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
騙されるのはよしとしても
本作は力作だは思うが、ここまで高い評価が多いのはちょっと解せない。
私がしっくりきていないのは、失踪した父と、それを探す娘との父娘関係に、もっと清く麗しいものを期待してしまったこと、そして指名手配犯を目撃したという片山監督の実父の体験談から、智は巻き込まれた被害者だと早合点してしまったことによる。
◇
この予想と真相とのギャップはいわば意図的な誤誘導であり、作り手にとって私はまんまと引っかかった客なのだが、この騙され方が気持ちよくない。
そのため、時系列をループして同じ場面を別の人物や角度から再現するシーンにも、『運命じゃない人』(内田けんじ監督)のような、きれいに騙される高揚感がない。
◇
冒頭の楓の目線のパートに入る前に、智が金槌を振り回しイメトレをしているシーンがある。その意味は終盤まで分からない。
楓の目線のパートは、楓がボーイフレンドの花山豊(石井正太朗)と向かった香川の島で、警察車両が駆けつける殺人事件の現場に向かい父の姿を探し叫ぶところで終わる。
3か月前の山内の目線
智がどうなっているのかは不明のまま、<3か月前>の名無しと呼ばれる殺人犯・山内の目線パートに移行する。山内は目つきの怪しいサイコキラーのようなキャラで、清水尋也の演技は結構いい。
このシリアルキラーは血に飢えた殺人鬼という訳でもなく、自殺願望のある人物を手助けしているのだという大義名分を自分の中では持っていて、時に優しい顔も見せる。白いスクールソックスに欲情してしまうという性癖から殺人を起こしてしまう一面も面白い。
◇
座間アパート9遺体事件をはじめ、複数の実在事件がモチーフとみられる。死にたい願望の強い毒舌女ムクドリ(森田望智)や、あまりに予想外な趣味を披露する田舎暮らしの老人・馬渕(品川徹)の奇怪さにも笑った。
13カ月前の智の目線
残念な方向に行ったのは、<13カ月前>の智の目線パートからだ。ここからは、更にネタバレになるので、ぜひ先に映画をご覧いただきたい。
智は最愛の妻・公子(成嶋瞳子)が筋萎縮性側索硬化症(ALS)に侵され、四肢にもほとんど力が入らないほど症状が進行している妻の看病をしている。成嶋瞳子の演技には、『恋人たち』(橋口亮輔監督)同様に痛いほどのリアリティが滲みでる。
◇
「人として死ねるうちに死にたい」
この切なる願いを受け止め、葛藤し、最後には叶えてあげたいと思う夫の心の揺らぎは、それだけで一本の長編映画になる重いテーマ。
だが、本作での描写は少し淡泊だ。決心と行動が早すぎるし、夫が背負うべき苦しみも、佐々部監督の『半落ち』やハネケの『愛、アムール』など錚々たる作品に比べて軽すぎる。
娘はなぜ蚊帳の外なのか
佐藤二朗に笑いやアドリブを封印した気合は十分に感じられたが、役者の演技は力が入ればいいというものでもないのだろう。ここはオーバーアクションではないほうが、良かったように思う。
この後の智とムクドリが身障者用トイレでみせる泣かせのシーンも含め、難病ものに笑いを入れる姿勢はよいが、泣きと笑いのバランスが悪いのではないか。
◇
そして最大の難点は、この夫婦の一大決心のどこにも、娘が介入してこないことだ。楓はお骨の箱を持って登場するだけ。母も父も、娘に向き合おうとしていなかったのか。
妻の自殺ほう助を、言葉巧みに近寄ってきた山内に手伝ってもらったことがきっかけで(「有料コンテンツだよ、これは」が口癖)、智は自殺志願者を集めてはその手助けをしていく山内の犯行に加担していくことになる。
◇
金目当てという面はあるが、智がこのようにはまっていく過程は強引だった気がするし、何より、複数のアカウントを駆使して自殺志願者を引き寄せていくやり口に、なぜ智を助手で起用する必要があったのか、よく理解できなかった。捜査の手が伸びたら、全て智に押し付けて逃げ切ろうという魂胆なだけなのか。
卓球ラリーが見たいわけではない
結局、ついに指名手配された山内から自分に足が付くことを恐れて、智は彼を罠にかけて仕留めようと企む。それが冒頭の金槌のイメトレなのだ。なんという不純な動機。
そして智は、山内にかけられた懸賞金300万と、ムクドリの300万を一挙にせしめようと企む。顛末詳細は省くが、警察の捜査仕事はずさんの極みだし、札束も中身はニセガネというのはあまりに古典的(これもまた、前述の内田けんじ『運命じゃない人』にあったネタだ)。
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本作で感情移入できそうなのは、あまりに不憫な楓だけだ。担任教師や修道女が押し付ける常識に屈せず、父親を探し続ける(修道女の顔にいきなり唾吐きはビッチすぎるが)。
『空白』や『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太監督)に比べ、今回は俄然元気な役を熱演の伊東蒼は素晴らしかったし、関西人だけあって台詞も堂に入っている。
不出来な父親と、困ったときに頼ると「じゃあ胸見せて」と言ってくる不届き者の男子・花山。散々な環境で孤軍奮闘する楓。
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そして最後は父娘で卓球ラリーをしながらの会話。このラリーを絶賛する人も多いが、私は長回しで撮る意味が分からない。卓球はフォームさえ固まれば長いラリーを続けることはさほど難しくない。言い換えれば、単調な動作が繰り返されるだけだ。
せっかくの会話の表情を活かさずに、クライマックスに使う意図は何だろう。きちんとカット割りしたショットとぜひ比較してみたい。ラリーに軍配が上がるだろうか。
一方で、顔の動きをこれでもかと見せる「何の勝負やねん」のカットは、伏線回収とはいえ、ねらい過ぎの台詞にあざとさを感じる。「愛の夢」や「亡き王女のためのパヴァーヌ」といった定番クラシック曲の採用も新鮮味がない。
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以上、絶賛レビューの予想外の多さに、つい気になる点を列挙したくなってしまった。繰り返すが、俳優陣の演技はみな素晴らしく、何度もテイクを重ねてそれを引き出したのは片山監督の手腕だろう。
はじめの見当違いな期待がなければ、もう少し楽しめただろうか。でもやはり、脚本の弱さは見過ごせない。