『82年生まれ、キム・ジヨン』
82년생 김지영
現代女性の生きづらさを映し出す、チョ・ナムジュの大ベストセラー小説を映画化。ありふれた女性の代名詞といえるキム・ジヨンが結婚を機に退職し、母として妻として頑張るうちに、不思議な言動をするように。
公開:2020 年 時間:118分
製作国:韓国
スタッフ 監督: キム・ドヨン 脚本: ユ・ヨンア 原作: チョ・ナムジュ 『82年生まれ、キム・ジヨン』 キャスト キム・ジヨン: チョン・ユミ チョン・デヒョン: コン・ユ ジヨンの母- ミスク: キム・ミギョン ジヨンの姉- ウニョン:コン・ミンジョン ジヨンの弟- ジソク: キム・ソンチョル ジヨンの父- ヨンス: イ・オル ジヨンの同僚- ヘス: イ・ボンリョン キム・ウンシル: パク・ソンヨン デヒョンの母: キム・ミギョン デヒョンの父: ソン・ソンチャン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
結婚を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨン(チョン・ユミ)は、母として妻として生活を続ける中で、時に閉じ込められているような感覚におそわれるようになる。
単に疲れているだけと自分に言い聞かせてきたジヨンだったが、ある日から、まるで他人が乗り移ったような言動をするようになってしまう。そして、ジヨンにはその時の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。
心が壊れてしまった妻を前に、夫のデヒョン(コン・ユ)は真実を告げられずに精神科医に相談に行くが、医師からは本人が来ないことには何も改善することはできないと言われてしまう。
レビュー(まずはネタバレなし)
韓国の#MeToo運動
韓国で130万部以上の販売部数を記録する、チョ・ナムジュのベストセラー小説を、長編デビュー作となるキム・ドヨンが監督。
韓国の1982年生まれの女性の中で最も多い名前がキム・ジヨンだそうで、つまり主人公のキム・ジヨンは、誰にでも思い当たるような一般女性の代名詞という訳だ。
なるほど、原作はまだ読んでいないのだが、あの印象に残る顔のない女性の表紙には、そういう意味があったのか。
◇
セクシャルハラスメントや性的暴行の被害に声を上げ、世の中を変えていこうという大きな動きとなった#MeToo運動はハリウッドの大物プロデューサーをも糾弾し、『スキャンダル』という映画まで作られた。
その運動は韓国においても盛り上がり、きっかけとなったのは、ソウルの女性検事だったソ・ジヒョンが告発した、年上の同僚によるセクハラだった。
家父長制の価値観が残る韓国において、このような動きは珍しいことだが、言い換えれば、多くの女性がこのような被害に泣き寝入りしているということだ。
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その結果、瞬く間に拡大し、韓国映画界においても、大物監督キム・ギドクや俳優のチョ・ジェヒョンやオ・ダルスなどが告発されている。
キム・ギドクは昨年他界したが、この告発の影響もあり、過去の功績を大きく取り上げにくく、韓国映画界では腫物に触るような扱いだったと記憶している。
女だからという理由だけで
本作品には、古くからの文化や慣習などのために、多くの韓国人女性が女だからというだけで被っている肉体的精神的な苦痛の例が次々に登場してくる。
女というものは、嫁というものは、とすぐに年配者が口出ししそうな文化は、日本においてもあてはまる部分が多い。
韓国でも盛り上がりを見せたこの#MeToo運動が、なぜ日本ではさほど勢い付かないのか不思議に思う。日本ではそのような被害が少ないと考えるほど、私も能天気ではない。
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本作の主人公ジヨン(チョン・ユミ)は、結婚を機に仕事を辞め、小さな娘の育児と家事に追われる毎日。
家族思いの優しい夫デヒョン(コン・ユ)は気遣ってくれるものの、やはり家でも社会でも男尊女卑文化が根付いていて、女というだけで割を食っているように思う。
ジヨンはそれを口に出し不満を訴える訳ではないが、むしろそのせいで蓄積した不満分子が、彼女の精神を蝕んでいく。時おり、他人が憑依したような言動をするようになったのだ、それも本人に全く記憶なく。
新感染での不屈の精神を今ここに
主演のチョン・ユミとコン・ユは、『トガニ 幼き瞳の告発』や『新感染 ファイナル・エクスプレス』に続き、三度目の共演となるが、過去作はいずれも見応えがある。
『トガニ』では学校の不正と戦う人権活動家と教師、『新感染』ではゾンビと戦う子連れ離婚男と乗客の妊婦。アグレッシブに戦ってきたこれまでの作品に比べると、今回の二人の動きは、極めてマイルドだ。
ジヨンが強気に出られない性格だからこそ映画として成立するのは分かるが、ゾンビとの戦歴を知る者としては、優しくて理解があるだけの夫デヒョンは、少々歯がゆい。
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なお、本作映画化の主演がチョン・ユミと発表された際には、彼女はアンチ・フェミニストからSNS等で激しく攻撃されたそうだが、当の本人は意に介さず、主演をきっちりと務め上げている。#MeToo運動の盛り上がりが許せない層というのも、根強く残っているのだ。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ジヨンに憑依する、彼女を愛する者たち
疲れているジヨンを気遣って、正月に実家に戻るのはやめようかと提案するデヒョン。でも、私がお義母さんに怒られるから、と夫の実家へ。
プレゼントと言って渡されたのは銀行でもらえる景品のエプロン。休む間もなく義母(キム・ミギョン)の手伝いで一家の食事の世話。
「奥さん、うちのジヨンを実家に帰してください。お正月に娘さんに会えて嬉しいですよね。私も娘に会いたいです」
はじめは理解できなかったが、ジヨンが突然言い出すこの台詞は、まさに彼女の母親が言う台詞だ。
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更には、実家から戻っても、夫・デヒョンと共通の亡くなった友人になりきって、「体が楽になっても気持ちが焦る時期よ。お疲れ様って言ってあげて」
また、ある時は祖母になり、自分の母親に語りかける。「ジヨンは大丈夫。お前が強い娘に育てただろう」
このように、実在する誰かがイタコのように彼女に憑依して語りだす現象について、精神医学的になにか説明がつくのかはよく分からない。
◇
劇中で精神科医が言っていたのは、精神科では患者を医者の前に連れてくることが一番難しいが、あなたが来たので半分成功したようなものだ、ということだけだ。
誰もが思い当たるいくつかのエピソード
ジヨンや周囲の女性たちが直面している問題をいくつか挙げてみよう。
- 夫の実家に正月に行った際の苦労話
- 育児休暇なんて息子にとらせてどうしてくれるのよと逆上する義母
- 出世するのは男性社員ばかりの勤務先
- 痴漢に遭うのはお前に隙があるからではないのか、と心配より小言の父
- 女子トイレ盗撮写真をネットでみつけて社内でシェアする男ども
- 結婚しろ、子供を産め、まずは男の子
ざっと並べてみても、いくつかは日本でも多くの女性が経験していそうなエピソードだ。とはいっても、目から鱗が落ちるような、さほど目新しいネタはなく、言い古されたものが中心なような気がする。
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これらを小説や映画にして、もういい加減、目をそらすのは止めようと問題提起したことが、韓国においては斬新だったのだろうか。
日本においては、本作で取り扱っているこうした諸問題に、どちらかといえば昭和っぽいものを感じる。とはいっても、もはや解決済といえるレベルにはなく、まだまだこの手の話に共感を覚えるひとは、残念ながら、少なくはないように思う。
ジヨンの母の温かさが泣かせる
本作においては、内容的に仕方がない気もするが、男性陣に大して見せ場はない。
デヒョンはけして理解がなくてダメな亭主としては描かれていないが、義母から妻を守ろうにも中途半端で、善人だが頼り甲斐はない。
ジヨンの父(イ・オル)も、空威張りするだけの昭和のダメ家長っぽい。娘の好物さえ、誤って覚えている。
一方、大して活躍はしていないのに、ジヨンの弟のジソク(キム・ソンチョル)がさりげなく姉想いで、ちゃっかり好印象を攫って行く。
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女性キャストでは断然、ジヨンの母ミスク(キム・ミギョン)が良かった。兄弟では一番成績が良かったのに、男兄弟の学費のためにミシン工場勤めをし、教師の夢を諦め、やがて母になる。
そんなミスクが、娘ジヨンの病気のことを義母から聞き、胸を痛める。娘のために義母に反論し、「母さんが子供の面倒をみてあげるから、働きなさい」とジヨンを励ましたり、弟のジソクにしか漢方薬を買ってこないダメ父を叱って泣き崩れたり。
この映画でストレートに感情を表現してくるのは、ジヨンの母ミスクであり、彼女のおかげで映画としても淡泊に終わらずに済んでいる。
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映画と原作はエンディングが異なるそうなので、比較してみるのも面白いのかもしれない。
本作で、ジヨンは結局病気のために、元の女上司に誘われていた再就職を断念してしまったのは、ちょっと釈然としなかった。だが、それが新しい夢の実現につながるということで、一応のハッピーエンドを迎えたということか。