イザベル・ユペールがストーカーを怪演。カバンを届けただけなのにクロエ・グレース・モレッツが危機。グレタは怖いのだけれど、その怖さが笑えるほどにエスカレートする。持つべきものは良きルームメイトか。
『グレタ GRETA』
GRETA
公開:2018 年 時間:98分
製作国:アメリカ・アイルランド
スタッフ 監督: ニール・ジョーダン キャスト グレタ・ハイデッグ: イザベル・ユペール フランシス・マッカレン: クロエ・グレース・モレッツ エリカ・ペン: マイカ・モンロー クリス・マッカレン: コルム・フィオール ブライアン・コーディ: スティーヴン・レイ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
NYの高級レストランのウェイトレスとして働くフランシス(クロエ・グレース・モレッツ)は、仕事帰りに地下鉄で置き忘れたバッグを見つける。
カバンの中身からグレタ・ハイデッグ(イザベル・ユペール)という女性のものと判り、心の優しいフランシスはバッグをグレタの家に届ける。
やがて二人は、年の離れた友人として親密になり、フランシスはグレタに亡き母への愛情を重ねていく。だが、グレタのフランシスへのアプローチは日に日にエスカレートし、ストーカーのようになっていく。
奇行におびえるフランシスは親友のエリカ(マイカ・モンロー)とともに、恐ろしい出来事に巻き込まれていく。
レビュー(ネタバレなし)
『ELLE』のイザベル・ユペールの怪演
ストーカーの映画というと、とてもそんなことをしそうにない常識的な人物が本性をあらわして、常軌を逸脱した行動に出始める、<まさかあの人が>的なパターンが、お約束だろう。
本作もその例に漏れない。なのに怖い。なぜか。ひとえに、フランスを代表する名女優・イザベル・ユペールの演技力によるものだ。
◇
彼女の怪演のすごさに驚いたのはポール・バーホーベン監督の『エル ELLE』だった。自宅でレイプされた後に平然と寿司のケータリングを注文する姿に度肝を抜かれたものだ。
今回その彼女が演じるグレタは、傍目には気品と教養を感じさせる美しいマダムであるが、その豹変ぶりは見事である。実年齢などお構いなしの美しさにも驚かされる。
洗練されたサスペンスを思わせる演出
冒頭、仕事帰りのフランシスがNYの地下鉄でみつけた高級そうなバッグを、駅の遺失物取扱所も閉まっているので持ち帰る。
翌日には、グレタの家に届けてあげて親しくなるのだが、この導入部分は非常に落ち着いたトーンに緊張感もあり、ヒッチコックを意識したデパルマ監督みたいな仕上がりになっている。
監督はニール・ジョーダン。『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』に『ビザンチウム』といった吸血鬼もの、ゴシックホラーを得意とする監督といえばよいか。
フランシスとルームメイト
心優しい主人公フランシスを演じたクロエ・グレース・モレッツ。ブレイクした『キック・アス』での元気の良さは本作でもうかがえるものの、中盤からは結構グレタにいいように支配されてしまうのが、ファンとしてはちょっと惜しい。
そういえば、彼女も『モールス』で吸血鬼少女を演じていたので、監督とは相性がいいのかも。
◇
フランシスのルームメイトのエリカ(マイカ・モンロー)は、「NYの地下鉄でカバンを拾ったら、爆弾処理班に届けるのが常識なのよ」とかいいながら、カバンの中のカネで腸内洗浄に行こうとするようなキャラ。
まじめなフランシスとはそりが合わないように見えたが、襲われ始めてから、固い信頼関係があることに気づく。結構、重要な役なのであった。
◇
日本は落とし物が無事に本人のもとに返ってくることに関しては、世界でもトップクラスの国なのだと思うが、フランシスのように、いきなり自宅に届けることは稀かもしれない。
どんな素性の相手かわからない怖さがあるからだが、母親のような年齢の女性といえども、侮ってはいけないことが良く分かった。
レビュー(ネタバレあり)
このシーンが最高に怖い
愛する母親を亡くしたばかりのフランシスと、娘がパリに留学している未亡人のグレタ。ともに、寂しさを埋めてくれる相手を潜在的に求めていた。だが、どうにも嘘くさい。娘は本当に実在するのか。
◇
最初にフランシスが疑念を抱くきっかけとなった、彼女がグレタの居間のキャビネを開けたら、大量に並んだ同型のバッグが出てくるシーン。上質なスリラーとしての怖さを感じさせ、とてもよい。
そこには届けてくれた者の名前がポストイットで貼ってあり、静かながら背筋が凍る。つまり、彼女は置き網にかかった獲物の一人なのだ。
◇
そこからのエスカレートぶり。一日に80件も電話やメールがきたり、勤務先のレストランの前で見張っていたりするのは、確かに不気味ではあるが、本当にお詫びの気持ちでやっているだけなのかもと、思えないこともない。
その意味では、グレタがアパートの部屋の前で「覚えていなさい!」と激情し、フランシスの顔に噛みかけのガムをぷっと吹き出したシーンが、一線を越えた感じで怖かった。
それ以上の怖さは、もはや笑いと紙一重
もちろん、そこからグレタの行動はさらに過激になっていくので、怖さを感じるシーンは数多くあるのだけれど、凄すぎて、だんだん笑える怖さになっていく気もする。
レストランで暴れ出して警察が介入し拘束衣を着せられるところも、レクター教授みたいだった。
◇
エリカが外で飲んでいて、グレタに尾行され写真を送られ続けるのも、超人的すぎた。あれなら、エリカが乗ったバスを走って追いかけてくるぐらいの、突き抜けた演出があってもおかしくない。
笑える怖さという点では、終盤でグレタが自宅の居間で凶行のあとバレエを踊りだすのも、まさにその好例といえる。
男なんて頼りにならない
興味深いことに、本作には、男性の活躍シーンは殆どない。警察官もレストランのマネジャーも、グレタのストーカー行為には関与したがらない。グレタの夫はすでに死んでいる。
フランシスの父親(コルム・フィオール)はワーカホリックで、エリカと旅行に行っていると騙されていたことに気づいて、失踪した娘をやっと探し始めるが、それとて金に糸目をつけず探偵を雇うだけだ。
この探偵を演じたスティーヴン・レイは、ニール・ジョーダン監督作品の常連だが、今回の探偵はハードボイルドにはやや足らない仕事ぶりだった。まあ、彼が活躍しないからこそ、終盤の展開になっていくわけで、そこは筋書き通りか。
ちょっと気になった点
さて、笑える怖さのストーカースリラーとして、本作は結構楽しく観させてもらったのだが、一つだけ気になったことを。
グレタがピアノの裏にある隠し部屋に監禁した獲物の騒音をかき消すために、ピアノを弾いたり、静かにしてと隣家に叫んだりする。
これは序盤にフランシスが初めてグレタの家を訪れた時に出てくるシーンで、後半にフランシス自身が監禁されてしまった時点で、観客には、あの時のシーンの謎が解けるはず。後半にしつこく再現させないほうが、洗練されていたと思う。
ラストシーンについては、ここではネタバレしないが、私は、地下鉄にバッグを置いて次の獲物探しが始まったシーンで終わるのかな(それでも成立しそうだし)と思っていた。
そこからラストまで、結構ひねりがあってきちんと終わらせてくれたのは、嬉しい誤算だった。「忘れ物を、届けに来ました」で思い出す、あのジブリ作品の名コピーは、NYでは通用しないかも。