『ボルベール<帰郷>』
Volver
ペドロ・アルモドバル監督が常連ペネロペ・クルスと組んで故郷ラ・マンチャを舞台にしたヒューマン・ドラマ。笑って、泣ける。
公開:2007 年 時間:120分
製作国:スペイン
スタッフ 監督: ペドロ・アルモドバル キャスト ライムンダ: ペネロペ・クルス ソーレ: ロラ・ドゥエニャス パウラ: ヨアナ・コボ イレーネ: カルメン・マウラ パウラ伯母:チュス・ランプレアベ アグスティーナ: ブランカ・ポルティーヨ パコ:アントニオ・デ・ラ・トーレ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
失業中の夫の分まで働く、気丈で美しいライムンダ(ペネロペ・クルス)。だが彼女の留守中、夫が15歳になる娘パウラ(ヨアナ・コボ)に関係を迫り、抵抗した娘は勢いあまって父親パコ(アントニオ・デ・ラ・トーレ)を殺してしまう。
愛娘を守るため、ライムンダは必死に事件の隠蔽を図るが、その最中に「故郷の叔母が死んだ」と知らせが入る。
一方、葬儀のため帰郷したライムンダの姉ソーレ(ロラ・ドゥエニャス)は、大昔に火事で死んだ姉妹の母の亡霊が、独り暮らしだった叔母をこっそり世話していた、という奇妙な噂を聞く。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
これ以降も何度もタッグを組むふたり
ペドロ・アルモドバル監督が故郷ラ・マンチャの女たちの生き様を描いた、アルゼンチンの国民的英雄カルロス・ガルデルによる同名のタンゴをモチーフにした作品。
主演のペネロペ・クルスは本作のほかにも『ライブ・フレッシュ』『オール・アバウト・マイ・マザー』『抱擁のかけら』『アイム・ソー・エキサイテッド!』『ペイン・アンド・グローリー』と計6回に渡りアルモドバル監督とタッグを組んでいる。最新作も彼女の出演が予定されているとか。
昨年の公開作『ペイン・アンド・グローリー』には、8度目のタッグとなるアントニオ・バンデラスも出演しており、男女問わず、気に入った俳優を使いまくるのがアルモドバル監督の主義なのだ。
◇
本作は徹頭徹尾、女性の映画であり、まともな配役として登場する男性はライムンダの夫のパコくらいだが、これはどうしようもなくダメな男であり、彼を含め、男性陣の描かれ方はみな冴えない。
その分、女性たちはみな、輝いており、また逞しい。カンヌ国際映画祭で、ペネロペ・クルスを含む出演した女優六人に対して女優賞が贈られているのも肯ける。
ラ・マンチャの古くからの風習
本作は終盤までジャンル不明な映画である。私は公開当時におそらくジャンルを勘違いして観賞しており、10年以上経過した今回もその間違った刷り込みで観始めてしまい、驚くことになった。それについては、ネタバレになるので、もう少しあとで語らせていただく。
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冒頭、大勢の女性たちが賑やかに墓地でお墓の手入れをしている。まるでお祭り騒ぎだ。大抵は先立った男たちの墓参りなのだろうが、主人公のライムンダや姉のソーレにとっては、火事で焼死した両親の墓参りになる。
日頃、伯母のパウラ(チュス・ランプレアベ)の面倒をみてくれているアグスティーナ(ブランカ・ポルティーヨ)は自分が将来入る予定の墓の手入れをしている。ラ・マンチャの古くからの風習らしい。
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パウラ伯母さんは、もう相当ボケてしまっている。ライムンダと娘のパウラ(同じ名前)、姉のソーレが訪ねていくと、一緒に暮らしているかのように、死んだ母の名前をだすのだ。
三人が故郷を離れ、マドリッドに戻りしばらくして、アグスティーナからパウラ伯母さんの訃報が届く。だが、葬式にはソーレだけが参列し、ライムンダはどうしても行けないという。
実は、娘パウラが自宅で父親パコに襲われそうになり、親を刺殺してしまったのだ。娘の罪を自分がやったことにし、更には夫の遺体を業務用冷蔵庫に隠蔽する作業に追われ、ライムンダは葬儀にいくどころではなかったのである。
◇
結果として一人でラ・マンチャに帰ったソーレは、亡くなったパウラ伯母さんの家で、母の亡霊を見かける。だが、アグスティーナに言わせると、それはこの町では不思議なことではなく、何人かが、同じように姉妹の母イレーネ(カルメン・マウラ)を目にしているという。
一体どういう映画になるのだろう
このあたりでいろいろな材料が出始めるのだが、どんなジャンルの映画なのか皆目見当がつかない。村の人々がみな幽霊を目にするというのは、本作の流れではホラーはないだろうが民話的なファンタジー系ならあり得る。
父親に犯されそうになって返り討ちにし、母親が死体遺棄を企てる話は、犯罪ドラマだ。「俺はお前の本当の父親じゃない」という発言もあり、家庭内事情も入り組んでいそうだ。
どちらに転んでもシリアスな話のはずだが、なぜか伯母の家には誰も使わないエアロバイクがあったり、遺体を冷蔵庫に隠した休業中のレストランで急遽ライムンダがロケ隊相手にランチ営業をやる羽目になったり、コメディタッチな部分も少なくない。
◇
そのお笑い要素が濃厚になるのは、ソーレがマドリッドに帰ったあたりからだ。
クルマのトランクから出てきたのは、何と母イレーネ。訳が分からないままに、ソーレは母を家に匿い、ロシア人の見習いだといって自分の美容室で手伝わせることになる。
このあたりからは、もうシチュエーション・コメディの様相。
イレーネの存在を知らずにソーレの部屋にやってきたライムンダが、昔の母の衣服などが部屋にあるのをみて、いつまでこんなものを持っているのかと聞くだけならまだしも、誰もいないはずのトイレに入るとおならの匂いがするというネタまであるのだから。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ボルベール<帰郷>という歌
なるほど本作はコメディだったかと誤解してしまうと、まんまとペドロ・アルモドバルの術中にはまることになる。
さらに言えば、母イレーネは幽霊なのだという、ラ・マンチャの村の連中と同様の先入観を持ってしまった私は、なぜかその前提を疑わずにいた。
◇
コメディが再びヒューマンドラマに戻ってくるきっかけは、ライムンダが無断借用しているレストランで行われたロケ隊の打ち上げパーティで、昔母がオーディションのために作ってくれたという曲を披露するあたりだろうか。
隠れて車で歌を聴くイレーネは涙する。娘のパウラは、自分の実の父親は誰かとライムンダに尋ねるが、村の人で、もう死んでしまったとしか、教えてくれない。だが、これには、深い事情があった。
さて、もう一つの重要なエピソードがここに加わる。末期のガンになったアグスティーナが、死ぬ前に、消息不明の母親の手がかりを知りたい。そっちに行っているイレーネに尋ねてほしいとライムンダに依頼してくる。
ライムンダの両親は山小屋の火事で焼死したが、実は同時期にアグスティーナの母が姿を消している。そこには、何か関係があるはずだと。
イレーネが幽霊と思い込んでいた私の眼は節穴だったが、その前提を捨て去れば、おのずと答えは見えてくる。
最後は母と娘のドラマでしっかりまとめる
夫と山小屋で死んだのは、アグスティーナの母だったのだ。しかも、火をつけたのはイレーネ。何のことはない、幽霊どころか、死んだふりをして失踪していたのだ。
だが、村に戻り、すっかりボケてしまったパウラ伯母さんとともに暮らしても、たまに彼女を目にする村の人は、霊が帰ってきたと不思議がらない。なんと都合の良い土地柄だろう。
◇
イレーネは、密会中の夫に嫉妬して火をつけたわけではない。夫にはもう、愛情も未練もなかった。
真相はもっと深刻だ。彼女は、火事の少し前に、急に自分と折り合いが悪くなり、男と共に村を飛び出してしまった娘ライムンダを不審に思っていた。
だが、実は、自分の夫が娘ライムンダを襲い、妊娠させていたのだ。パウラはライムンダにとって娘であり、また、同時に妹だった。
それを知ったとき、イレーネはライムンダにいつか詫びなければいけないと誓ったのだった。
◇
ライムンダは妊娠、パウラは殺人と言う形で、父親に襲われる恐怖と苦しみが繰り返されることになる。この悲劇の連鎖が語られてから、本作は完全にラ・マンチャの女三代の人間ドラマ一色となり、もはやコメディの色はない。
驚きの着地だった。ペドロ・アルモドバル監督、こういう風に話を持っていくとは。泣かせようという姿勢が見える作りでないからこそ、心に響くものがある。