『ありふれた教室』今更レビュー|ゼロトレランスなんて糞でも喰らえ

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『ありふれた教室』
Das Lehrerzimmer

学校内の盗難事件から広がっていく、熱血教師のサスペンス。

公開:2024年 時間:99分  
製作国:ドイツ

スタッフ 
監督:        イルケル・チャタク

キャスト
カーラ・ノヴァク:  レオニー・ベネシュ
オスカー:レオナルト・シュテットニッシュ
フリーデリーケ・クーン:
           エーファ・レーバウ
トーマス・リーベンヴェルダ:
          ミヒャエル・クラマー
ミロス・ドゥデク:
      ラファエル・シュタホヴィアク

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

あらすじ

仕事熱心で正義感の強い若手教師のカーラは、新たに赴任した中学校で1年生のクラスを受け持ち、同僚や生徒の信頼を得ていく。

ある時、校内で盗難事件が相次ぎ、カーラの教え子が犯人として疑われる。校長らの強引な調査に反発したカーラは、独自に犯人捜しを開始。ひそかに職員室の様子を撮影した映像に、ある人物が盗みを働く瞬間が収められていた。

しかし、盗難事件をめぐるカーラや学校側の対応は、やがて保護者の批判や生徒の反発、同僚教師との対立といった事態を招いてしまう。後戻りのできないカーラは、次第に孤立無援の窮地に追い込まれていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

こんな映画撮ったら、学校の先生を志望する若者がますます減ってしまわないかと心配になる。熱血教師がちょっとした軽はずみな行動から、あれよあれよという間に窮地に立たされてしまうサスペンス。

舞台はドイツの学校。7年生(中学1年)を担任する教師のカーラ・ノヴァク(レオニー・ベネシュ)

学校で多発していた盗難事件の犯人が彼女のクラスにいるという情報があるらしく、他の教師たちが、学級委員の生徒に密告するように圧をかける

強要ではないというが、実質的にはそれに近い。この学校は不寛容(ゼロトレランス)のポリシーを掲げており、小さな罪も容赦しない方針だという。

教師たちは授業中に生徒たちに抜き打ちで財布を出させ、高額なカネを持っている生徒に疑いをかける。

疑われたトルコ系の生徒の呼び出された両親は、「ゲームソフトを買うカネを渡した。こいつが泥棒をしたのなら脚を折ってやる」と言い切る。

無自覚な人種差別もあるのだろう。ポーランド系のカーラでさえ、学校では同僚とドイツ語でしか話さないように気を使っている。

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

何とも、子供を通わせたくなくなる空気が充満している学校だ。こういう規律にうるさくギスギスした雰囲気の学校という舞台が、いかにもドイツ映画っぽい。

だいたい、学校が不寛容主義ってことは、ちょっとした万引きでも警察に突き出す方針みたいなものだろう。

小売店がそれを実践するのは、理屈としてわからなくもない(子供相手に寛容な店主も勿論いるだろう)。だが、学校がそれを徹底してしまったら、生徒との信頼関係は成り立つのだろうか

そんな中で、生徒を疑ってかかるのは間違っているわと反発するのが着任して日も浅い熱血教師のカーラ。顔だちがどこか真木よう子っぽい。

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

でも彼女はちょっとした思い付きで、軽率な行為に走る。財布を入れた上着を職員室に残し、自分のPCでそれを隠し撮りしてみるのだ。

すぐに獲物が引っかかるのはさすがに嘘くさいと思ったが、財布からは紙幣が抜き取られ、動画には上着に手をかける容疑者の柄物のブラウスが写っている。

カーラはそのブラウスを着用している、事務職員の同僚フリーデリケ・クーン(エーファ・レーバウ)に自白を促すが、ここでクーンが言いがかりだと猛反発

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

クーンの息子オスカー(レオナルト・シュテットニッシュ)がカーラのクラスの生徒だったことから、話は更にこじれる。

職員室の同僚たちも、自分たちは疑われて隠し撮りをされたと、カーラに対して敵対心を抱く。事態を重く見た親たちも、保護者会でカーラを糾弾する。

生徒たちは表立って彼女を批判しないが、オスカーを泥棒の息子だとからかうようになり、次第に学級は崩壊していく。

ちょっとしたボタンの掛け違い、あるいは軽率な言動から、どんどんと傷が広がっていき、気が付けば修復不可能な状況に

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

雰囲気はだいぶ違うけど、三池崇史監督の新作『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』と同じような設定だ。

空回りするカーラの他に、生徒に親身になって考えてあげている教師がいないというのも薄ら寒いシチュエーションだ。是枝裕和監督の『怪物』的でもある。

ただ、動画隠し撮りの件は、確かに迂闊だという誹りは免れない。

まずもって、動画が決定的な映像を押さえているわけではないし、ブラウスの持ち主が本当にクーンだけなのかも不明。

いきなり映像を確認して直情的にクーンに直談判に行ってしまったのも乱暴だ。そもそも囮捜査だから、有効なのかもよく分からんが。

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

オスカー少年は、母親のクーンは無実だと信じ切っている。その母は学校への出勤もやめ、話し合いもせず、ただカーラが信用ならない女だと責め続ける。

この母子に真正面から対立するのならまだしも、生徒思いのカーラは、オスカーもクーンも傷つけずに、何とかこの状況を修復できないかと考えている。

映画はこの不安定な状況をどんどんと拡張させ、学校新聞の青臭いジャーナリズムを振りかざす高学年の生徒たちまで、新聞記事でカーラを糾弾するようになる。

心が荒んでくるような話の展開には、イルケル・チャタク監督の手腕が発揮され、次には何が悪い方向に進むのかと、気が休まる暇がない。そこは、うまいなあと思った。

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII

ただ、結局誰が真犯人だったのか、クーンがカネを盗んだくせに開き直っているだけなのか等、モヤモヤした状態のままで最後に突き放される展開は、個人的にはあまり好きではない。

登校禁止の処分期間中に学校に来たオスカーが説得しても帰らないので、学校側は警察の手を借りる。恐ろしい学校だ。卒業式に窓ガラスを次々に叩き割った悪ガキのために警察を呼ぶ羽目になった『金八先生』の高校とはちょっと事情が違う。

不寛容教育が生み出したのは、証拠隠滅のために動画の入ったPCを川に放り投げたり、カンニングペーパーが見つかってもシラを切りとおすような生徒たちなのだ。

小道具のルービック・キューブ一つで、いい雰囲気のエンディングになったとは言い難い。生身の人間は、アルゴリズム通りにこねくり回せば全面の色が揃うほど、単純ではないのだ。

そして最後は、王のように椅子にふんぞり返ったまま、警察官に運び出されるオスカー。これを驚愕のラストと言ってしまうのか。

(C) if… Productions/ZDF/arte MMXXII