『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』今更レビュー|小粒で速いスターレット

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『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』
  Starlet

ショーン・ベイカー監督の鮮烈なデビュー作は、冴えない邦題からは意外なヒューマンドラマ。

公開:2012年(日本未公開)
時間:103分  製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:        ショーン・ベイカー


キャスト
ジェーン:    ドリー・ヘミングウェイ
セイディ:     ベセドカ・ジョンソン
メリッサ: ステラ・メイブステラ・メイブ
マイキー:     ジェームズ・ランソン
アラシュ:     カレン・カラグリアン

勝手に評点:2.5
 (悪くはないけど)

あらすじ

女優を目指しながらポルノ女優として働くジェーン(ドリー・ヘミングウェイ)は、愛犬のチワワや同業の友人メリッサらと一緒に暮らしていた。

ある日、ガレージセールでポットを購入した彼女は、その中から1万ドルもの札束を発見する。

ジェーンは売主の老女セイディ(ベセドカ・ジョンソン)のもとへお金を返しに行くが、ポットを返品しに来たと勘違いされて門前払いされてしまう。

困ったジェーンは偶然を装ってセイディに近づき、買い物の送迎をしたり一緒にビンゴゲームに出かけたりするようになるが…。

今更レビュー(ネタバレあり)

最新作『ANORA アノーラ』でカンヌのパルムドールと、アカデミー賞史上初となる単一作品・個人で最多4つのオスカーを獲得したショーン・ベイカー監督。そんな<時の人>となった彼のデビュー作とあって、興味深く鑑賞した。

最初にお断りしておくが、ポルノ映画ではない。

『ANORA アノーラ』と同様に男女が裸であれこれするシーンは登場するが、どちらかというと、「その裸のシーン、必要だった?」と聞きたくなるような映画で、主題はまったく別なところにある。

21歳の女性主人公と85歳の老女が織り成す交流を描いたヒューマンドラマなのだ。

ポルノ女優をしているという設定と、ショーン・ベイカー監督も出演者の名前も知られていない日本では、本作が劇場未公開なのは無理もないし、DVD化されただけでも感謝したいところだ。

だが、『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』という邦題はあまりにやる気がなさすぎる。どう考えてもキワモノ映画ではないか。とはいえ、原題ママの『スターレット』ではトヨタからクレームがきそうか。

ちなみに”Starlet”は、主人公のジェーン(ドリー・ヘミングウェイ)が飼っているチワワの名前だ。<女優の卵>的な意味合いだから、むしろジェーンにふさわしい名前と思うが、なぜかこのオス犬に与えられているのが面白い。

主演のドリー・ヘミングウェイはモデルであり、映画出演は本作が初めてのようだ。曾祖父が文豪アーネスト・ヘミングウェイ

そう聞くと思い出すのが、『リップスティック』(1976)のマーゴマリエルヘミングウェイ姉妹だが、あの二人は文豪の孫娘。ドリーは一世代若い。

ドリー・ヘミングウェイの美しく健康的な顔立ちから、主人公のジェーンが女優を目指してポルノ女優をして生計を立てているとはなかなか想像しにくい。

だが、目下彼女は同業の友人メリッサ(ステラ・メイブステラ・メイブ)とともに、メリッサの恋人マイキー(ジェームズ・ランソン)がAV撮影で使用する家に暮らしている。

部屋の模様替えがしたいジェーンは、近所のガレージセールで安物を買いまくるが、無愛想な老女セイディ(ベセドカ・ジョンソン)から買った魔法瓶の中に、丸めた100ドル札の束が大量に入っていることに気づく。

生活苦のポルノ女優だから、当然好き放題に使いまくるのかと思っていたら、ジェーンは魔法瓶を返そうとセイディの家を訪ねる。落とした財布が返ってくるのは日本だけじゃなかったようだ。

だが、「返品不可って言ったでしょ」と、老女はドアを閉ざす。ここからジェーンは、どうにかセイディに近づこうと、あれこれ手段を講じ始める。

タクシーを待たせてスーパーで買い物をするセイディを、自分のクルマで送迎するようにうまく仕向けたり、セイディの唯一の趣味であるのビンゴ大会に押しかけて参加するようになったりと、ジェーンの奇抜な行動は見ていて楽しい。

それにしても、米国のビンゴ大会って、あんなにスケールでかいのか。日本でみかけるビンゴカードとはえらい違い。まるでスポーツイベントだ。

老女セイディ役のベセドカ・ジョンソンも、ドリー・ヘミングウェイと同様に映画の出演経験はないようだが、そうは思えない好演ぶり。

ジェーンと出会った当初は、家に入れても水道水しか出さず、クルマに乗せては不審に思い催涙スプレーをお見舞いするような依怙地な老女が、次第に心を開いていくにつれ、チャーミングに見えてくる。

映画の中で唯一と言っていい性悪キャラは、親友のメリッサ(ステラ・メイブステラ・メイブ)だ。所属事務所の指示も守らず、恋人マイキーの言いなりになっており、カネにだらしなく、すぐに激しくキレては口汚く罵りまくる。

キャラ的には、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で少女のヤンママのヘイリーに近いか。

メリッサの恋人マイキーも冴えないダメ男だが、間抜けぶりにどこか憎めないところがある。

ジェームズ・ランソンは、その後、『タンジェリン』でトランスジェンダーの娼婦たちに追いかけられていた、胴元のチェスター役を演じている。マイキーと同じような役柄なので笑。

ジェーンとメリッサが所属するポルノ映画の事務所社長アラシュ役にカレン・カラグリアン。この渋めの顔立ちは最近見たぞと思ったら、『ANORA アノーラ』に出てきた、普段は神父の顔を持つ怖いアルメニア人じゃないか。

さて、ジェーンとセイディは仲が良くなりかけたり、チワワのせいで不仲になったりと、微妙な関係が続いていく。

だが終盤、ジェーンの隠し持大金に気づいたメリッサが、その資金を親友の自分の為でなく、セイディとのパリ旅行に使ったことを知り、逆ギレし、老女に真相をばらしてしまう

「お婆ちゃん、ジェーンはあなたの友だちなんかじゃないわ。ただの罪悪感で親切にしてるのよ!」

これを聞いて、セイディはどう反応するのか。

セイディは賭博師だったという夫に先立たれ、子どもはいなかったと、以前ジェーンに語っていた。ジェーンは免許を返納してしまったセイディのために墓地まで送迎をするようになる。

日本と違い墓石がタイルのように敷き詰められた米国の墓地では、ジェーンの待つクルマの中からは、セイディが芝生に向かって拝んでいるようにしか見えない。

実はこれがラストに向けての伏線になっている。どんでん返しにもサプライズにもならないが、ほんの少しだけ、セイディがジェーンについている嘘がある。

前述したように、この物語にポルノ女優の設定や、ましてや大胆なAV撮影のシーンなどが存在する必然性はあまりないように思う。

だが、西海岸に生きる社会生活の弱者たちを描きたいという、ショーン・ベイカー監督が作品においてこだわり続けるポイントが、そこには存在するのだろう。

チワワも見ていた、母親の愛情に飢えている若い女性と、娘に愛情を注ぎたい老女との運命的な出会い、ということかな。