『関心領域』
The Zone of Interest
塀を隔ててアウシュビッツ強制収容所と隣接する屋敷に住む所長一家の日常生活
公開:2024年 時間:105分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督・脚本: ジョナサン・グレイザー
原作: マーティン・エイミス
『関心領域』
キャスト
ルドルフ・ヘス:
クリスティアン・フリーデル
ヘートヴィヒ・ヘス: ザンドラ・ヒュラー
オズヴァルト・ポール:
ラルフ・ハーフォース
ゲルハルト・マウラー:
ダニエル・ホルツバーグ
アルトゥール・リーベヘンシェル:
サッシャ・マーズ
エレオノーア・ポール:
フレイア・クロイツカム
リンナ・ヘンセル: イモゲン・コッゲ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1945年。ナチス親衛隊の将校ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)は、妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)や子ども5人とポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所の隣にある一軒家に収容所所長として住んでいた。
ヘス一家が常に何ごともないかのよう、パーティーをするなど楽しく暮らす一方、収容所では多くのユダヤ人が殺され続けている模様。
そんなルドルフに異なる土地に異動するよう命令が下る。ヘートヴィヒは国家から評価されていないルドルフに不満を抱く。
レビュー(まずはネタバレなし)
出来は良いのだけど胸糞すぎて
アウシュビッツ強制収容所の隣に建てた新居で暮らす所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)と、その妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)や子供たちの理想の生活を描いた作品。
タイトルの『The Zone of Interest(関心領域)』は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉らしい。
◇
ナチス親衛隊の収容所ものの映画としては、極めて異質な部類だ。何せ、目を背けたくなるような残虐行為については、徹底的に直接描写を避けている。だから、映像に過激さはない。
だが、それを補完するような、不吉さの漂う風景や気味の悪い環境音が、かえって観る者の想像力をかき立てる。
この作品はアカデミー賞の国際長編映画賞を獲ったこともあり、公開時にも観に行ったのだが、あまりに気が滅入る作品だったので、結局レビューを書く気にならなかった。
今回、マーティン・エイミスの同名原作も読んだうえで、再観賞に臨んだのだが、やはり好きにはなれない。
テクニカルには、すごくいい所をついている作品で、斬新さもあるし、オスカーを獲った音響効果も納得の高レベルだと思う。監督は『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のジョナサン・グレイザー。
原作はもっと多くの登場人物による群像劇のようなスタイルだが、その中から所長夫婦に主人公を絞り(役名も変更)、ポイントがぼやけないような脚本に変えている。
映画化にあたり監督が行った取り組みの多くは奏功していると思うのだが、いかんせん、内容があまりに胸糞すぎて、観終わったあとに救いがない。だから、私はこの映画をどうにも好きになれずにいる。
焼却炉で燃えるもの、かすかに聴こえるもの
物語は極めてシンプルだ。新築の邸宅とプールや花壇のある庭のある立派な家に大家族で暮らすヘス一家。そこだけを見れば、平和な家族ドラマのようにもみえる。
だが、一家の大黒柱、ルドルフ・ヘスは、ここポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所の所長であり、彼らの屋敷は、高い塀を隔て収容所に隣接している。そこでの日常生活が、延々と描かれる。
彼らの置かれている状況について、説明的な台詞はほとんどない。
箱一杯に女性の肌着が届き、妻が袖を通してみる毛皮のコートには、ポケットに誰かの口紅が入っていたり、歯磨き粉のチューブからダイヤが出てきたと話していたり。家族の平和な日常生活は、ユダヤ人の虐殺と背中合わせで成立している。
草花が生い茂る庭は有刺鉄線付きの塀に囲まれ、その先にある大きな施設の煙突からは煙が立ち上る。何が燃やされているかは推して知るべしだ。ひどい匂いが漂ってきそう。
また、そんなシュールな映像に追い打ちをかけるように、かすかに聴こえる銃声や収容された人々の断末魔の声が、通奏低音のように鳴り続けている。何と不穏な雰囲気なのだろう。
こんな不気味な環境を気にすることなく一家は平穏に暮らしており、ルドルフは幼い娘のためにベッドサイドで童話を読む。その時だけ、ネガポジを逆転させたような映像で、リンゴを庭の穴に隠す娘が登場する。
これは童話ではなく、メイドとして仕えているポーランド人の娘が、ユダヤ人のために食物を隠しているのだと後に分かる。
#関心領域
— 『関心領域』公式アカウント (@ZOI_movie) July 10, 2024
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鬼嫁と単身赴任の夫
ヘスの家族は、塀の外で行われていることを残虐行為とは思っていない。<無関心領域>なのだろう。
妻はメイドのポーランド人に、「お前なんて夫に言って灰にしてやるわ」と癇癪を起こすくらいだし、夫は夫で、いかに効率的に大量の死体を焼却するかの検討に余念がない。この、家族ぐるみの感覚の麻痺が恐ろしい。
ヘートヴィヒの母が屋敷に泊まりにきて、初めは立派な邸宅や庭に喜ぶが、塀の外の不吉な何かを音や匂いで察知し、黙って帰ってしまう。この老女には、まだ正常な感覚があったのだろう(それでもポーランド人を差別的に語っていたが)。
物語は、ルドルフにドイツのオラニエンブルクへの異動辞令が出ることで動き出す。
「せっかく理想の環境を作ったのよ、あなた独りで行きなさい。後任所長には、私たちがここに残るって伝えて」
夫に単身赴任を言い渡すヘートヴィヒが冷淡すぎる。最後に「愛してるわ」と取って付けたように言うのが笑。この手の会話は日本でも珍しくないが。『落下の解剖学』でも見せた、ザンドラ・ヒュラーの恐妻ぶりがここでも炸裂。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ルドルフの仕事ぶりを見るに、どう考えても優秀な人物ではなさそうだが、単身赴任の半年後には、ハンガリー侵攻作戦に伴う人事異動で、アウシュビッツの所長に復職が決まる。
夫が喜びの電話をかけても、「こちらは夜中だから、もう寝るわ」とつれない妻が、相変わらずの塩対応。
この電話のあと、施設の廊下でルドルフは嘔吐する。酒の飲み過ぎではないだろう。どんなに平静を装っても、潜在意識の中では、良心の呵責がボディーブローのように効いていたルドルフが、胃をやられたということなのか。
ここで、画面は暗闇のなかで遠くに鍵穴のように小さな光が見え、その向こうに<現代の>アウシュビッツが登場し、スタッフが展示物のケースを清掃している。
収容されていたユダヤ人たちの膨大な数の靴や、囚人服、それに写真など、その光景に圧倒される。そこには何の台詞も字幕もない。唐突に、時を隔てた現代のアウシュビッツと対比させる手法には驚かされる。
興味深いのは、映画がそこからまた、ルドルフのいる時代に戻り、彼が吐き終わって歩き出すことだ。映画の流れとしては、このまま現代の収容所シーンで終わった方が収まりがいいはずだ。なぜ、わざわざまた過去に戻したのか。
以下は私の勝手な想像だが、このまま現代でエンディングを迎えると、ルドルフはただ潜在意識下の罪悪感で吐いたようにとらえられる。
ところが、一度終戦後の収容所を見せて、再度ルドルフの時代に戻ることで、彼がその一年後に直面するナチス・ドイツの崩壊を感じ取り、不吉な予感のせいで吐いてしまったように見えるではないか。
なるほど、よく出来た作品だとは思う。胸糞映画だけど。