『八犬伝』
山田風太郎の「八犬伝」を曽利文彦監督が映画化。作家・滝沢馬琴の現実パートと八犬士の創作パートの二部構成。
公開:2024年 時間:149分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 曽利文彦
原作: 山田風太郎
キャスト
滝沢馬琴: 役所広司
葛飾北斎: 内野聖陽
滝沢宗伯: 磯村勇斗
お百: 寺島しのぶ
お路: 黒木華
鶴屋南北: 立川談春
金碗大輔: 丸山智己
船虫: 真飛聖
網乾左母二郎: 忍成修吾
扇谷定正: 塩野瑛久
赤岩一角: 神尾佑
<八犬伝の登場人物>
犬塚信乃: 渡邊圭祐
犬川壮助: 鈴木仁
犬坂毛野: 板垣李光人
犬飼現八: 水上恒司
犬村大角: 松岡広大
犬田小文吾: 佳久創
犬衛親兵衛: 藤岡真威人
犬山道節: 上杉柊平
里見義実: 小木茂光
伏姫: 土屋太鳳
玉梓: 栗山千明
浜路: 河合優実
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
人気作家の滝沢馬琴(役所広司)は、友人である絵師・葛飾北斎(内野聖陽)に、構想中の新作小説について語り始める。それは、8つの珠を持つ「八犬士」が運命に導かれるように集結し、里見家にかけられた呪いと戦う物語だった。
その内容に引き込まれた北斎は続きを聴くためにたびたび馬琴のもとを訪れるようになり、二人の奇妙な関係が始まる。
連載は馬琴のライフワークとなるが、28年の時を経てついにクライマックスを迎えようとしたとき、馬琴の視力は失われつつあった。
絶望的な状況に陥りながらも物語を完成させることに執念を燃やす馬琴のもとに、息子の妻・お路(黒木華)から意外な申し出が入る。
レビュー(ほぼネタバレなし)
「八犬伝」と聞いて血が騒ぐ世代
『南総里見八犬伝』を令和の時代に映画化するとは驚いた。今やハリウッドに名を轟かせた真田広之や薬師丸ひろ子の『里見八犬伝』(1983、深作欣二監督)を思い出す。
私は坂本九が黒子役のNHKの人形劇『新八犬伝』(1973-75)に夢中になり、友だちと八犬士ごっこで遊んでた世代なので、見逃すわけにはいかない。
◇
厳密には、本作は山田風太郎の『八犬伝』の映画化。未読なのだが、『南総里見八犬伝』の著者である滝沢馬琴がこの作品を世に出す現実世界の話と、その物語の中で活躍する八人の犬士たちの虚実の世界の話が交錯するスタイル。
これが吉と出るか、凶と出るか。監督はVFXを得意技とする、『ピンポン』や『鋼の錬金術師』の曽利文彦。
冒頭、安房里見家の当主・里見義実(小木茂光)は、飢饉に乗じて隣国の安西景連に侵攻され、落城寸前となる。
万策尽き果て、義実が飼い犬の八房に「景連の首を取って来たら、褒美に伏姫を嫁にやる」と言うと、八房は敵陣に踊り込み、景連の首を咥えてくる。
戦に勝利した義実は、敵将をたぶらかした魔性の女・玉梓(栗山千明)を捕らえ、一度は助命を約束しながら家臣・金碗大輔(丸山智己)の言に従いこれを翻し処刑する。玉梓は怨霊となり里見家を呪詛する。
一方、義実は娘の伏姫(土屋太鳳)を嫁にやる約束も反故にし、犬の八房を撃たせたところ、伏姫が流れ弾にあたる。姫は祈りを込めた八つの玉を持つ者たちが将来に里見を救うと言い残し、息絶える。
実のパートと虚のパート
こうして、やがて玉梓の怨霊に苦しめられる里見の国を八犬士が救うというプロットの土台ができる。
怨霊も伏姫の死も、自分の言葉に責任を持たぬ当主・義実の身から出た錆なのであるが、かなり強引なストーリー展開でも、話自体は盛り上がる。犬のモフモフ感はじめ、VFXの煌びやかさもいい。
元々、馬琴の創作という前提なので、嘘くさいファンタジーでも楽しければ許されるのだ。
これからという所で場面は切り替わり、滝沢馬琴(役所広司)が葛飾北斎(内野聖陽)に下絵を頼む現実世界のパートへ。堅物の馬琴が静なら、全国を行脚して絵を描く北斎は動。
大物役者二人は初共演とのことだが、座敷で二人が語り合っているだけでも、十分間が持つ。さすがに二人の魅せる芝居の掛け合いは、見応えがある。
<八犬伝>パートが盛り上がりかけたところで、現実世界に切り替わることで、もっともどかしさがあるかと心配したが、思ったほどの違和感はなかった。
ただ、両者が次第に混然一体となっていったり、まだ観てないけど公開予定の『はたらく細胞』のように、実社会と体内の様子が密に融合していたり、といった工夫が欲しかった気もする。
八犬士のキャラが弱いのだ
『八犬伝』の物語パートは面白く観られたが、これはNHK『新八犬伝』に思い入れがあるおかげともいえる。諳んじている八人の犬士が次々登場して名乗りを上げるたびに、興奮してしまったからだ。
八犬士には若手のイケメンや有望株を揃えたのだろうが、正直言って、美形キャラと豪胆キャラを見分けるのが精一杯で、三人くらい判別不明。同時期公開の『十一人の賊軍』も集団抗争時代劇だが、こちらは11人全員のキャラが立っていたのに。
深作欣二監督の『里見八犬伝』と配役を並べてみよう。
曽利版 深作版
(孝)犬塚信乃: 渡邊圭祐 京本政樹
(義)犬川壮助: 鈴木仁 福原拓也
(智)犬坂毛野: 板垣李光人 志穂美悦子
(信)犬飼現八: 水上恒司 大葉健二
(礼)犬村大角: 松岡広大 寺田農
(悌)犬田小文吾:佳久創 苅谷俊介
(仁)犬衛親兵衛:藤岡真威人 真田広之
(忠)犬山道節: 上杉柊平 千葉真一
ほぼ全員の顔が浮かぶ深作版に対し、曽利版は線が弱い。現実パートが超豪華キャストなのと対照的だ。玉梓の怨霊が栗山千明なのも、『新八犬伝』の辻村ジュサブローが造った人形の迫力を知っている身には物足りない。
殺陣は舞うように華麗だが、八人が力を合わせて戦う雰囲気ではなく個人プレーなのが残念。敬愛する小木茂光がバカ殿っぽいのも悲しい。
現実世界は重苦しい
一方の現代社会パートは、もっと明るく楽しい話かと思ったが、馬琴(役所広司)の息子・宗伯(磯村勇斗)は重い病気になるし、妻・お百(寺島しのぶ)は旦那に口汚く文句をいうばかりだし、とにかく重苦しい。
北斎(内野聖陽)が物語の下絵を即興で描いては、「渡さねえよ」とその場で破り捨てるパターンを繰り返すのだけが笑える材料。
若干ネタバレになるが、宗伯に先立たれ、自らも視力を失って『八犬伝』の完成を諦めかけた馬琴に、宗伯の嫁・お路(黒木華)が口述筆記を買って出る。
だが、ひらがなしか書けないお路に漢字を教えながら、作品を書いていく苦労たるや、並大抵のものではない。
◇
『銀河鉄道の父』で役所広司は、死にゆく息子・宮沢賢治の父を演じている。作家と家族の死という環境が似ているものの、『銀河鉄道の父』の役所広司は予想外に陽気なキャラで救われた。その点、馬琴はクソ真面目で作品自体を重苦しくしている。
書き物では正義を貫きたい
悪がはびこる世の中だからこそ、自分は正義が勝つ物語を書き続けるのだ。馬琴はそう語る。
一方、同時代の歌舞伎の作者・鶴屋南北(立川談春)は、綺麗事ではすまない現実世界をおちょくるような物語を書く。両者が舞台の奈落で口論する場面は興味深い。
実際、複雑な現代社会において、単純な勧善懲悪ものは下火になっている。もはや、馬琴の書くものは時代遅れなのかもしれない。
だから、こうして創作パートを織り交ぜて複雑化させないと、八犬伝パートだけでは作品として成立しなかったのか。
「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌。いざとなったら玉を出せ、不思議な玉を」
犬士の胸に光り輝く玉を見るたびに、人形劇の歌が脳裏をよぎり興奮はしたものの、メインの犬塚信乃(渡邊圭祐)以外の扱いがあまりに雑だ。
脇役の犬士たちにも、もう少し見せ場を与えてくれ~。戦死した犬士は、最後に伏姫に名前も呼んでもらえないのだ。