『ふたりの人魚』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『ふたりの人魚』今更レビュー|上海の川に棲んでるなんてありえない?

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『ふたりの人魚』
 蘇州河 Suzhou River

ロウ・イエ監督がドキュメンタリー風に上海を撮った、不思議なラブストーリー


公開:2000 年  時間:83分  
製作国:中国

スタッフ 
監督・脚本:     ロウ・イエ(婁燁)

キャスト
ムーダン:    ジョウ・シュン(周迅)
メイメイ:       同上
マー・ダー: ジア・ホンシャン(賈宏声)
ボス:    ヤオ・アンリェン(姚安濂)
シャオ・ホン:    ナイ・アン(耐安)

勝手に評点:3.0
 (一見の価値はあり)

あらすじ

ムーダン(ジョウ・シュン)という少女が恋人マー・ダー(ジア・ホンシャン)にだまされ、川に身投げした。

数年後、刑務所を出たマー・ダーは、ムーダンが生きていると信じ上海に戻ってくる。

そこで彼が出会ったのは、ムーダンにそっくりの女メイメイ(ジョウ・シュン)だった。

今更レビュー(ネタバレあり)

中国映画第6世代、ロウ・イエ監督の2000年の作品。中国の急速な変化を何十年も追いかけ続けているロウ・イエ監督、本作の舞台となるのは、タイトルにもなっている上海を流れる蘇州河

もう四半世紀も前の作品だから、冒頭でドキュメンタリーフィルムのように写しだされる川の光景は、まだまだ経済大国として発展を遂げる前の上海だ。

近代化が進む都市部を横目に、川は汚れ、行き交う船も老朽化激しく、モノクロだったら『泥の河』に出てきそうな景観。

高層ビル街といっても、目立つ建物は1995年に竣工した、中央の球体が目を引く東方明珠塔のテレビ塔くらい。今や雨後の筍のようにそびえている摩天楼は、まだまばらに存在する程度か。

そんな上海の街並みで、あちこちの壁にステンシル・シートでビデオ撮影請負の広告をスプレーしている男がいる。まるで『私立探偵 濱マイク』のオープニングのようだ。

男は依頼を受けてナイトクラブに出向き、人魚ショーの撮影を引き受ける。

水槽で踊るのは、勿論水着姿の踊り子だが、その女・メイメイ(ジョウ・シュン)に男は一目惚れする。やがて二人は付き合いだすが、その男にメイメイは口ぐせのようにこう言う。

「私が戻らなかったら、馬達マーダーのように探す?」

冒頭からここまでの運びは、とてもいい感じ。中国映画の新たな波を感じさせる。どこか懐かしいけど、新しい。男女の雰囲気が、初期のウォン・カーウァイを思わせる。

でも、マー・ダーって誰よ。何か中国史上、有名な人か? などと思っていると、男がナレーションで教えてくれる。マー・ダーはヤバいモノでも何でも運ぶバイク便の男の名前なのだ。

実はここまで、ドキュメンタリー風に物語を語ってくれていた男は、顔を見せていない。一人称映画(POV)だったのだ。我々は彼の目で、物語を見ていた。

そしてここからは回想シーンとなり、そのマー・ダー(ジア・ホンシャン)の物語となる。

ズブロッカ(ウォッカです)の輸入で儲けているオヤジがいて、愛人を家に呼ぶときにだけ、娘を伯母のもとに送りだす。その際に運び屋を使うのだ。

いつもその仕事を引き受けるマー・ダーは、いつしか、そのツインテールの少女ムーダン(ジョウ・シュン)と愛し合うようになる。

少女は人魚の人形をいつも抱いている。ムーダンを後ろに乗せてバイクを走らせる<トランスポーター>のマー・ダー、川を照らす夕日と劇伴音楽のノスタルジックな歌も調和している。

だがここから予想外な展開。ヤバい連中(元カノ含む)に脅かされ、マー・ダーはムーダンを軟禁し、父親から身代金を奪う誘拐事件に加担させられる。

金は簡単に手に入るが、主犯の男は共犯の女を刺して金を奪い、マー・ダーの裏切りを知ったムーダンは、「身代金が安すぎる!」と暴れ、彼の眼前で川に身を投じる。

ここで我々は、冒頭のビデオ撮影男の語りを思い出す。

「川に身を投げる女を見た。人魚を見たという者も大勢居る」

ムーダンはそのまま人魚になってしまったのだ。だから「ふたりの人魚」マーメイドには悲恋だと相場が決まっている。

さて、ふたりの人魚は、どう繋がるのか。ムーダンもメイメイも、同じジョウ・シュンが演じている。

ムーダン誘拐の罪で逮捕されたマー・ダーは、服役後上海に舞い戻り、自分の過ちを悔いてムーダンを探し回る。そこでたまたま冒頭の人魚ショーの店、開心ハッピーにいたメイメイを見つけ、彼女がムーダンだと確信するのだ。

メイクが濃すぎて二人が酷似していることになかなか気づけなかったが、こうして二組の男女の物語が交錯する。

しつこく付き纏うマー・ダーに、人違いだと煙たがっていたメイメイだが、徐々に彼のムーダンへの情愛の深さを知り、心を開き始める。はたして、メイメイはムーダンなのか。

二役を演じたジョウ・シュンは、岩井俊二監督の『チイファの手紙』に主演。同作は『ラストレター』の中国版にあたり、松たか子が演じた役を彼女が演じている。

中国には「四小花旦」と呼ばれる<四大若手女優>が選ばれ、時代とともにメンバーが変わっていく。

2000年に初代として選ばれたのが、人気・実力ともに群を抜く存在のチャン・ツィイー(章子怡)、ジョウ・シュン(周迅)、シュー・ジンレイ(徐静蕾)、ヴィッキー・チャオ(趙薇)だった。

なお、マー・ダー役のジア・ホンシャンは本作の成功で薬物中毒からの起死回生を遂げ、ジョウ・シュンと私生活でも恋愛関係となるが、2010年に高層アパートから転落死してしまう。

ここからはネタバレとなるので未見の方はご留意願います。

メイメイがムーダンと同一人物なのかどうか。ムーダンが太ももに貼っていた刺青シールを、メイメイも使っていたことで思わせぶりな展開になる。

そして、そんな二人の関係に嫉妬したのか、顔を見せないPOV男が警察にタレこみ、店に入り浸るマー・ダーをつかまえる。そのうち、人魚ショーの店も閉鎖となり、人魚はふたりとも姿を消したかに思えた。

だがある日、ズブロッカを売っているというコンビニのレジでマー・ダーは店員のムーダンと再会する。夕日を浴びて川辺で寄り添う二人。これでハッピーエンドに思えた。

が、そうはいかないのが人魚姫だ。ある日POV男のもとに、警察から連絡が入る。溺死した男女の身元を確認してくれないかと。

「私が戻らなかったら、馬達マーダーのように探す?」

メイメイが繰り返していた、あの台詞がよみがえる。メイメイとムーダンは別人だったが、二人がよく似ていたことを、遺体を見てPOV男は知る。

「愛しているなら、探して」

書置きを残しメイメイは消え、POV男はズブロッカを痛飲する。

メイメイは途中からマー・ダーに惹かれていた。ムーダンなどという女は、自分を口説くための男のでっち上げだとメイメイは疑っていた気もする。

はじめ私は、マー・ダーがメイメイと駆け落ちして心中したのかと思ったが、やはり二人は別人だったようだ。

マー・ダーの死後、メイメイは彼の話が真実だったと知ることになる。マー・ダームーダンにしたように、自分も情熱的に探されたいと願っているに違いない。

だが、POV男にどうやらその資格も意思もなさそうだ。ズブロッカのビンの中には、まるで溺れる者のすがる藁のように、頼りなくバイソングラスが浮かんでいる。