『シャドウプレイ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『シャドウプレイ 完全版』考察とネタバレ|影絵のように、揺れては惑わす

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『シャドウプレイ 完全版』
The Shadow Play 风中有朵雨做的云

ロウ・イエ監督がスタイリッシュに撮り続ける、中国の過去と現在の交錯。

公開:2023 年  時間:129分  
製作国:中国

スタッフ 
監督:         ロウ・イエ

キャスト
ヤン・ジャートン: ジン・ボーラン
タン・イージエ:チャン・ソンウェン
リン・ホイ:      ソン・ジア
ジャン・ツーチョン:  チン・ハオ
リエン・アユン: ミシェル・チェン
ヌオ:      マー・スーチュン
アレックス:  エディソン・チャン

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

あらすじ

2013年、広州の再開発地区で立ち退き賠償をめぐって住民の暴動が起こり、開発責任者のタン(チャン・ソンウェン)が屋上から転落死する。

事故か他殺か、捜査に乗り出した若手刑事のヤン(ジン・ボーラン)は、捜査線上に浮かぶ不動産開発会社の社長ジャン(チン・ハオ)の過去をたどる。

その過程で、ジャンのビジネスパートナーだった台湾人アユン(ミシェル・チェン)の失踪事件が見えてくる。

転落死と失踪、二つの事件の根本は、ジャンと死亡したタン、そしてタンの妻のリン(ソン・ジア)が出会った1989年にあった。

レビュー(まずはネタバレなし)

2010年に中国・広州市で実際に起きた、立ち退きをめぐる暴動事件にインスパイアされたクライム・サスペンス。

監督はジャ・ジャンクーらと共に中国映画第六世代と言われるロウ・イエ監督。香港ノワールとは一線を画す、中国本土に香港や台湾を絡めた、独自ブレンドのノワール作品に仕上がっている。

冒頭は2006年、河岸の草むらで青姦に精を出す若いカップル。その最中に女が地中の焼死体を発見し絶叫する。

その事件を全く忘れたかのように、舞台は2013年の広州に移る。現代の中国を象徴するような超高層ビル街をドローンカメラが俯瞰すると、その中の一角にスラム化した廃墟がある。

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

ここは再開発予定地で、立ち退き勧告されているエリアだ。国は違いフランス映画だが、団地立ち退きの映画『ガガーリン』を思い出す。

ただ、同作品とは異なり、こちらは強硬に取り壊しを始めようとする政府に対し、住民たちが牙をむき、暴動が始まる。それを制圧しようと登場するのが、政府の再開発の責任者であるタン主任(チャン・ソンウェン)

「自分もこの地区に生まれ育った者だ。当然に愛着もある。だが、こんな環境で子どもが育てられますか。再開発は悪い話ではない。私を信じてほしい」

住民たちに訴えかけるタン主任は善人に見えたが、その演説のすぐ後に、取り壊し予定の廃墟5階から転落死する。そして、タン殺しの犯人を捜査する若き担当刑事ヤン・ジャートン(ジン・ボーラン)が本作の主人公だ。

タン主任の家族は妻のリン(ソン・ジア)と娘のヌオ(マー・スーチュン)

捜査線上には、リンの学生時代の恋人でタンの旧友でもある不動産王のジャン・ツーチョン(チン・ハオ)が浮上するが、再開発でタンに相当の便宜を図ってもらっているジャンが、金づるともいえるタンを殺害するはずがなかった。

また、ジャンには愛人であり共同経営者の台湾人アユン(ミシェル・チェン)がいたが、彼女は2006年に失踪していた。

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

事件の主な関係者はこれで出揃った。殺されたタンは善人面をしていたが、嫉妬深いDV夫で妻のリンにはかなり陰湿な暴力を振るってきたし、今の地位も自分の実力で手に入れたものではなく、哀れな男だった。

リンはタンと結婚したあともジャンとの関係が続いていたし、ジャンの経営する高級レストランの雇われマダムの座につき、夫の死を悲しむような女ではなかったのだろう。

また、年頃のヌオはDVの父よりも、留学費用などを工面してくれるジャンやアユンに好意を抱いていた。このように、4人には複雑にもつれた人間関係が存在していた。

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

本作は正統派のサスペンスというわけではなく、誰が犯人かということにはさほど重きを置いていない。

本作で描こうとしているのは、タンとリンが出会った1989年(天安門事件)以降の改革開放の流れと、その後の経済的な急成長、そして時代の変遷が個々人に与えた影響なのではないか。

近代化が進み、すぐにビジネスチャンスをつかみ成功した成金の連中。物質的な充足と引き換えに失ったものは何だったか。その模索が本作の根底にある。

映画は、タンやリンたちが結婚し子供が生まれる90年代から、台北のホステスだったアユンがジャンに見初められる1998年、そしてアユンが失踪する2006年と、何度も過去と現在を行ったり来たりして進んでいく。

過去へのフラッシュバックは明示的に分かり易くはしておらず、油断していると時代が錯綜してしまうが、それは心地よい混沌でもある。それがロウ・イエ監督のねらいなのかもしれない。

主人公のヤン刑事は単身捜査を進める。黙々と無表情で事件を負うヤンは、どこか『シグナル 長期未解決事件捜査班』坂口健太郎っぽい。

このヤンは、捜査の途中で証言者が殺されてしまい、その犯人と疑われたり、被害者タンの妻リンの色香に勝てず一晩の関係を持ってしまい、その盗撮画像がスキャンダルとなってしまったりと、相当脇アマな刑事

だが、ヤンと同じく刑事だった彼の父親が、かつてアユンの失踪事件捜査で殺されかけたことの遺恨試合という面もあり、ヤンは香港に逃げ込んで捜査を続ける。

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

なお、香港でヤンをサポートする探偵アレックス役には、『インファナルアフェア』エディソン・チャン。彼の登場シーンを含めた4分ほどの中国検閲カット部分を復活させたものが<完全版>と言われるバージョン。

音楽は、ヨハン・ヨハンソンヨナス・コルストロプの共同製作。

ヨハン・ヨハンソンロウ・イエと組むのは『二重生活』 『ブラインド・マッサージ』に次いで三度目か。本作の雰囲気とも見事に調和。2018年に亡くなっているので、もはや楽曲提供はこれで打ち止めなのが惜しまれる。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

ロウ・イエ監督はこれだけ大物監督になり、本作などは12億円近い製作費の大作になり人気俳優を起用するようになっても、インデペンデント映画の精神を保ち、中国当局の検閲に引っかかるような作品を撮っていることには頭が下がる。

詳細は伏せるが、終わってみれば、殺されて無理もないような人物は殺され、逮捕される者、自殺する者、それぞれの関係者が落ち着くべきところに落ち着いたような顛末ではある。冒頭に出てきた焼死体の正体も、終盤で判明し伏線回収された。

ただ、ひとつだけ解せないのは、終盤でタン主任殺しの真犯人が見つかるまでのくだりである。

香港で探偵アレックスのもとで仕事を手伝っているヤンは、主婦からの夫の浮気調査を引き受ける。

そこで彼が、依頼人の夫が不倫相手と待ち合わせをしている飲食店の防犯ビデオをチェックしている際に、偶然そこに不動産王のジャンと、タン主任の妻リンが会っている姿をみつける。

(C)DREAM FACTORY, Travis Wei

密会しているのが問題なのではない。それが、タン主任の転落した日時の映像なのが重要なのだ。

つまり、この二人はタン殺しの犯人ではなかった。そして、ヤン刑事が入手していた、転落死現場で、失踪したはずのアユンらしき女を見たという映像。そこにぼんやり写っているのはピンクの髪のカツラをかぶった女。

こうしてヤン刑事は真相を突き止めるのだが、そのきっかけが、全く無関係の浮気調査で偶然に観た防犯ビデオというご都合主義だけは、いただけなかった

とはいえ、エンディングに流れる「一場遊戯一場夢」と、この話がまるで実在の事件の話かのような写真の数々は、うまい演出だった。

あれは改革開放の時代の象徴のような曲らしいが(同曲の英題が「シャドウプレイ」)、当時の中国を良く知らない私の胸にも、訴えてくるものがあった。