『籠の中の乙女』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『籠の中の乙女』今更レビュー|子供たちにサンタをいつまで信じさせられるか

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『籠の中の乙女』
 Κυνόδοντας / Dogtooth

健全な家庭に、狂気は宿る。ヨルゴス・ランティモス監督の個性が炸裂する個性的な家族。

公開:2009 年  時間:96分  
製作国:ギリシャ

スタッフ 
監督・脚本:  ヨルゴス・ランティモス

キャスト
父:    クリストス・ステルギオグル
母:        ミシェル・ヴァレイ
長女:     アンゲリキ・パプーリァ
次女:         マリー・ツォニ
長男:      クリストス・パサリス
クリスティナ:    アナ・カレジドゥ

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2009 BOO PRODUCTIONS GREEK FILM CENTER YORGOS LANTHIMOS HORSEFLY PRODUCTIONS – Copyright (C) XXIV All rights reserved

あらすじ

ギリシャの郊外にある裕福な家庭。だが、一見普通にみえるこの家には秘密があった。 両親が子どもたちを外の世界の汚らわしい影響から守るために、ずっと家の中だけで育ててきたのだ。

邸宅の四方に高い生垣をめぐらせ、子どもに「外の世界は恐ろしいところ」と信じ込ませるために作られた「厳格で奇妙な」ルールの数々。

学校にも通わせないその様子は外の世界からすれば異常なことだったが、純粋培養された従順な子どもたちはすくすくと成長し、幸せで平穏な日々が続いていくかのように見えた。

しかし、成長とともに好奇心の芽生えた子どもたちは恐怖を抱えつつも、次第に外の世界に惹かれていくのだった。

今更レビュー(ネタバレあり)

デビュー作ではないが、ヨルゴス・ランティモス監督の名前を世界の映画市場に知らしめた作品。カンヌ国際映画祭「ある視点部門」ではグランプリを獲得、翌年アカデミー賞外国語映画部門にノミネートを果たす。

ヨルゴス・ランティモス監督の作品はどれも独特の世界観を描いたものだが、本作のその例に漏れない。ギリシャに限らず、どんな国の家庭にも独特の家訓やルールはあるものだろうが、本作はとある奇妙な家庭を描いた物語である。

冒頭、殺風景な部屋の中で語学の勉強をしている思春期の男女。何も予備知識なしに観ていると、何の場面かは少し戸惑う。フリースクールのような施設にもみえる。

ただ、語学レッスンの中身はメチャクチャで、例文も意味をなさない(後半に登場する「ママ、ゾンビを二つ見つけたよ」は笑えた。意味は本編で)。それでも子供たちはまじめに授業を受け、そのあと熱湯ゆびガマン大会をやろうと言い出す。

そこに、目隠しをしてクルマに乗せられたクリスティナ(アナ・カレジドゥ)がやってくる。

新しい生徒が増えたのかと思ったら、男子(クリストス・パサリス)出会って5秒で全裸になりセックスし始める。こんなにボカシが大きい映画は久しく観ていないな。

この男女の関係は何なのか、不思議に思っていると、大人の男がクリスティナに再び目隠しさせてクルマで送り、カネを渡して別れる。場所すら知られてはいけないのだ。

しばらくして、一同揃っての夕食シーン。ここで私はようやく、彼らが家族なのだと分かった

厳格な父(クリストス・ステルギオグル)とそれに従う母(ミシェル・ヴァレイ)。さっきの男子は長男で、あとは姉(アンゲリキ・パプーリァ)と妹(マリー・ツォニ)

子供たちはなにか行いがいいとシールを貰えるらしく、その数でちょっとした希望を叶えることができる。そして、父親は明日買い出しに行き、生活用品をあれこれ買ってくるようだ。

買い出しと言うが、彼らはどんなへき地に住んでいるというのだろう。だんだんと分かってきたことは、この両親は子供たちを家から一歩も出さないように、いろいろなルールでがんじがらめにしているということ。

恐怖政治というのとは少し違う。服従しないと恐ろしいというよりは(実際、折檻はするのだが)、外界は恐ろしい動物や危険なもので満ちているという風に、幼少期から洗脳されて育っているのだ。

だから、家からは一歩も出ない。父親でさえ、買い出しや仕事で外に出るには必ず頑丈なベンツで出かけ、徒歩では出ない。子供たちが毒されないように、電話もテレビも家にはない。

観るものといえば、自分たちのホームビデオくらい。インターネットなど存在すら知らないだろう。だから、子供たちが外界と触れるのは、たまに訪れるクリスティナと話すときだけ。

ただ、この究極の箱入り娘・息子という子供への育成方針が、親のエゴかと言われると、なかなか断言するのは難しい。

というのもこの屋敷、家の中はゆったり広々、プールや大きな庭もあって、軟禁生活というにはあまりに恵まれている環境なのだ。

たしかに退屈かもしれないが、いつまでも童心のままでこの家に暮らしているのも満更ではないのかもしれない。言ってみれば、親の情報遮断によって、いつまでもサンタクロースの存在を信じていられる子供たちなのだ。

そして父親は嘘をつき通すために、上空に飛行機が通過すれば、飛行機が落ちたぞと模型のオモチャを庭に投げて与える。

息子が庭にいた猫を殺害したら、「塀の外には危険な猫が大勢いて、人を襲うのだ」と、わざわざ自分のスーツを切り刻んで血だらけになり帰宅する。

そしてプールには何匹か大きな魚を放流し、妹にはプールに魚がいると信じ込ませる。

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ただ、そんな嘘で塗り固めた生活が、いつまでもまかり通るはずがない。思春期を迎えた子供たちは、みな少しずつ、外の世界に関心を持ち始める。

その原因を作ったのは、唯一の情報源である、クリスティナ。彼女は父親の勤める工場で入場の警備担当の女性だった(だから制服を着用し訪れるのだ)。

長男がクリスティナとのセックスを嫌がり、彼女は次に姉に接触して、物で釣って自分の股間をなめるようにいい、やがて姉は彼女から映画のビデオを二本、手に入れる。

(C)2009 BOO PRODUCTIONS GREEK FILM CENTER YORGOS LANTHIMOS HORSEFLY PRODUCTIONS – Copyright (C) XXIV All rights reserved

ここから先はネタバレになるが、この作品で面白いと思ったのは、外界にとびだす行動力を見せるのは、この姉だということだ。いちばん年上だからだろうか。

彼女は禁断のビデオを夜中にこっそり鑑賞して、激しく感化される。何も明示されないが、その映画の一本は『ロッキー』、もう一つは『ジョーズ』か。影響を受けて真似するので、すぐ分かる。

その違和感を父も察知したか、姉を問いただし、クリスティナの部屋にも押しかける。ビデオテープで娘の頭をガンガン叩き、クリスティナにはビデオデッキでぶん殴るという暴力性には驚いた。

「クリスティナ、お前にもし子供が生まれたら、不幸になるように祈ってやる」

それほどまでに父親を駆り立てるものは何なのか、映画は何も語らない。

「犬歯が生え変わったら外の世界に出られる」

これが彼らの家の教えだった。それを待ちきれない姉は、ダンベルで自分の歯を殴り、血だらけになって犬歯を折る。そして父のベンツのトランクに隠れ、塀の外に出る隙を窺う。

長男がクリスティナに変わるセックス相手の候補者を父にあてがわれ、すっかり飼い殺しになっているのとは対照的だ。

(C)2009 BOO PRODUCTIONS GREEK FILM CENTER YORGOS LANTHIMOS HORSEFLY PRODUCTIONS – Copyright (C) XXIV All rights reserved

ギリシャといえば、統計ではセックスの回数が週に3~4回と、世界で最も性欲旺盛な国としても知られるが、そのせいか本作でもやたらめったらセックスシーンが登場する。

しかも画面の半分がボカシですという、昨今なかなかお目にかかれない場面にも出くわす(ついでに猫の死骸のショットもボカシだったが、あれも映倫か?)。

激しい濡れ場の多さからか一般向きとは言い難いが、それを抜きにすれば、採り上げる内容も撮り方もなかなか面白い。

厳しい家庭ルールに至った経緯も謎なら、ラストにベンツのリアトランクに隠れた姉がどうなったかも分からず、これといった答えが示されないところも奥深い。

ここにユーモアが入れば『ロブスター』、憎悪や悪魔が絡めば『聖なる鹿殺し』の作風に近づいていくが、なにもアレンジを加えず、無添加でヨルゴス・ランティモス監督の世界観が味わえるのが本作といえるように思う。