『ドリームプラン』
King Richard
ウィル・スミスが、テニス界の最強姉妹ビーナス&セリーナ・ウィリアムズを育てた独創的な父親リチャードを演じる実話ベースの物語。
公開:2021 年 時間:144分
製作国:アメリカ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
リチャード・ウィリアムズ(ウィル・スミス)は優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見て、自分の子どもをテニスプレイヤーに育てることを決意する。
テニスの経験がない彼は独学でテニスの教育法を研究して78ページにも及ぶ計画書を作成し、常識破りの計画を実行に移す。
ギャングがはびこるカリフォルニア州コンプトンの公営テニスコートで、周囲からの批判や数々の問題に立ち向かいながら奮闘する父のもと、姉妹はその才能を開花させていく。
レビュー(今回ネタバレなし)
娘が生まれる前の「よげんの書」
ウィル・スミスがアカデミー賞で主演男優賞を獲ったものの、授賞式壇上でコメディアンのクリス・ロックにビンタした騒ぎだけが悪目立ちしてしまった本作。
グランドスラム合計30回制覇という偉大な実績で女子テニスプレイヤー界に燦然と輝くスタープレイヤー、ビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹を、世界チャンピオンに育てあげたテニス未経験の父親を主人公に据えた実話ベースのドラマだ。
監督はレイナルド・マーカス・グリーン。日本では本作が初公開作のようだ。
◇
ウィル・スミスが演じる、姉妹の父親リチャード・ウィリアムズは相当変わり者で知られている。リチャードは娘たちの生まれる二年も前に、「娘を最高のテニスプレイヤーにしよう!」と決意し、「世界チャンピオンにする78ページの計画書」を作成する。これが邦題になっている「ドリームプラン」だ。
ちなみに映画では五人姉妹になっているが、ビーナスとセリーナを除く三人姉妹はリチャードと結婚する前のオラシーン(アーンジャニュー・エリス)の連れ子のようだ。だから姓はプライスになっている。
素人ゆえの常識破り
お金もコネもない劣悪な環境下で昼夜働きながら、スパルタで子供たちをプロのスポーツ選手目指して鍛えていく。
そう聞くと、テニスではないが『巨人の星』を思い出してしまう世代である。厳しい父・星一徹はかつてジャイアンツの一軍というプロの高みにいたわけだが、本作のリチャードはド素人。テニスの教育法を独学で研究し、誰もが驚く常識破りのやり方で、娘たちをレベルアップさせていくのだ。
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その過程は面白いが、一方でこのお父さん、相当に頑固で我儘で強引な人物である。まったくもって、人格者ではない。
普通なら、この手のキャラは途中で挫折して辛酸をなめて、己の生き方を改めるものだが、不思議なことに、このリチャードは、あちこちで軋轢を生みながらも、娘をテニス選手として大成させてしまうのだから面白いやら、悔しいやら。
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原題の“King Richard”は当然この父親を意味するが、タイトルから欧米ではシェイクスピアの「リチャード三世(King Richard Ⅲ)」を連想するだろう。狡猾、残忍、豪胆な奸物として知られる英国王と、リチャード・ウィリアムズを重ねているのだ。
なかなか粋なタイトルだと思うが、日本では伝わらないと思われたか、実に平凡な邦題が付けられてしまったのは少々寂しい。
人種の壁に風穴を開ける
舞台は80年代のカリフォルニア州コンプトン。悪ガキ集団に銃口を突き付けられるシーンもあるように、相応に治安の悪い時代・地域だったようだ。
そんな環境で、二人の娘(娘はなんと五人姉妹)のビーナス(サナイヤ・シドニー)とセリーナ(デミ・シングルトン)に、公営のコートで熱心にレッスンをするリチャードと妻のオラシーン。
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この時代のテニス界は、今以上に白人男性が支配している中で、この二人の黒人姉妹が、定石となっている慣習や人種の壁に風穴をあけて、プロの世界でのし上がろうとする。その厳しさや苦労は、並大抵ではないのだろう。
モータースポーツであるF1もまた同様に白人支配が目立つ世界だが、頂点に立つルイス・ハミルトン(メルセデス)が、黒人ドライバーを代表して<Black Lives Matter>運動を推進し体制を変えようと努力していたのを思い出した(F1にも女子テニスと同様、ウィリアムズの黄金時代があったのだ)。
台詞にも出てきたが、「プロを目指すなら、悪いことは言わんからバスケにしとけよ」というのがこの時代の一般的な白人発想なのだろう。ゴルフも同じように白人社会のスポーツだったが、タイガーウッズが風穴を開けた。
練習させてもらえないのが罰だった
リチャードは娘たちをテニス界のタイガーウッズにする意気込みだ。それも姉妹で。素人の強みで、前例にはとらわれない。
面白いことに、この常識破りの取り組みでプロ選手になっていく姉のビーナスにも、有名プロの無料レッスンが二人同時には受けられず我慢を強いられていた妹のセリーナにも、あまり悲壮感はない。
リチャード王に振り回されるのは、リック・メイシー(ジョン・バーンサル)やポール・コーエン(トニー・ゴールドウィン)といったビッグネームのコーチ陣であり、娘たちは常に前向きに練習に励んでいるのが印象的だ。
彼女たちは子供の頃から、「何か怒られるようなことをしたら、テニスの練習をさせてもらえないことが罰だった」という。練習を強要されることなど、あり得なかったのだ。
そのやり方が理想的なのかは分からないが、少なくとも結果を生み出してはいる。自分の歩もうとしているこの一歩は、全ての黒人少女にとっても、影響のある一歩だ。その重圧に負けず突き進んでいくビーナスが頼もしく、また可愛らしい。
テニスのラリーだけでも見飽きない
残念ながら、私は熱心なテニスファンではないので、ジョン・マッケンローやピート・サンプラスはじめ、当時の有名プレイヤーくらいは分かるが、ジェニファー・カプリアティとかアランチャ・サンチェス・ビカリオといった女子選手が、どのくらい似ているのかは分からなかった。
ただ、ウィリアムズ姉妹のテニスの腕前は、素人目には十分にプロレベルのテニス選手のそれに見えた。ラリーをただ見ているだけでも、見飽きない。
サクセスストーリーとしては出来すぎの感が無きにしも非ずだが、製作総指揮にウィリアムズ姉妹本人も加わっているというから、多少盛ってるところはあるのだろう。異父姉妹の五人の仲の良さも、まるで『若草物語』のようである。
リチャードの勝手な言動に妻のオラシーンが正論ぶち上げてキレる夫婦喧嘩のシーン。「自分だけで成し遂げたことじゃないのよ!」という彼女の言い分には共感できる。
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リチャードのやり方には必ずしも賛同できないが、久しぶりに試合に出るビーナスをインタビュアーが誘導尋問するところを遮り、「彼女は自信をもって、はじめにちゃんと答えたじゃないか!なぜ何度もほじくり返すんだ」と凄い剣幕でどやしつける。ここは痺れた。
ウィル・スミスはリアルタイムで、当時このインタビューを見ていたというから、ここは渾身の演技だったに違いない。
セリーナの活躍ももっと見たかった
ああ、今回のレビューはネタバレもなく終わってしまった。実話ベースだし、試合の結果をここでバラしても始まらないので、このまま幕を閉じさせていただく。
映画では、ビーナスの対戦相手の女王ビカリオが戦略的に長いトイレット・ブレイクを取り悪者扱いで描かれていたが、現実世界では、ビーナスもオリンピック大会で人気者シャラポワ相手に試合直前にトイレット・ブレイクを取り、ブーイングを浴びている(まあ、結果は勝つんだけど)。勝負の世界とはそういうものらしい。
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エンドクレジットには、実際のウィリアムズ姉妹やリチャードの映像と、彼女たちの輝かしい戦績が紹介される。本作ではビーナスがメインで取り上げられたが、セリーナの活躍も見てみたかった気はする。続編はないだろうが。
ストーリーはベタではあるが、ラストで黒人少女たちを中心に大勢のファンに熱烈なラブコールを受けるウィリアムズ姉妹を見ると、つい涙腺が緩んでしまう。