『殺人鬼から逃げる夜』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『殺人鬼から逃げる夜』考察とネタバレ|斧を持たせれば「シャイニング」

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『殺人鬼から逃げる夜』 
 Midnight

連続殺人犯に目を付けられた耳の聴こえない目撃者母娘。ゴーストタウンを舞台に繰り広げられる悪夢の一夜。

公開:2021 年  時間:104分  
製作国:韓国
  

スタッフ 
監督:    クォン・オスン

キャスト
ギョンミ:   チン・ギジュ
ドシク:    ウィ・ハジュン
ギョンミの母: キル・ヘヨン
ジョンタク:  パク・フン
ソジュン:   キム・ヘユン

勝手に評点:3.0
   (一見の価値はあり)

(C)2021 peppermint&company & CJ ENM All Rights Reserved.

あらすじ

聴覚障害を持つギョンミ(チン・ギジュ)は、ある夜、会社からの帰宅途中に、血を流して倒れている女性(キム・ヘユン)を発見する。それは巷で起こっている連続殺人事件の犯人の仕業だった。

事件現場を目撃してしまったギョンミは、殺人衝動を抑えられず人を殺してきた連続殺人犯ドシク(ウィ・ハジュン)の次のターゲットにされてしまう。

全力で逃げるギョンミだったが、聴覚が不自由な彼女には追いかけてくる犯人の足音も聞こえなければ、助けを呼ぶ言葉も届かない。そんなギョンミを、ドシクはゲームを楽しむかのように追い詰めていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

最近流行りの静寂スリラー

耳の聴こえない主人公、静寂の恐怖。聴覚を補って視覚、脚力、それに機転で危機に立ち向かう一夜。『殺人鬼から逃げる夜』とはまた、あまりにストレートな邦題で痛快だ。

『ドント・ブリーズ』『クワイエット・プレイス』のように、近年では音を立ててはいけない恐怖を前面に訴えるホラー系の作品が増えてきたが、本作は聴こえない不便さと戦いにくさの中で、どのようにヒロインが殺人鬼と対峙していくかが描かれている。

殺人行為そのものに陶酔するシリアルキラーと、その男につけ狙われることになる耳の聴こえない主人公。要所要所で登場する警察官たちはみな、頼りになりそうでまったく使いものにならないマヌケ揃いで、殺人鬼は捕まることもない。

骨格となるプロットは古典的でよくあるものともいえるが、韓国スリラーお得意のノワール感とキレの良いテンポで、うまい具合に味付けされている。

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殺人鬼に狙われる

本作の主人公、聴覚障害を持つギョンミ(チン・ギジュ)は、例えば『暗くなるまで待って』でオードリー・ヘプバーンが演じた盲目のヒロインのように、殺人者から逃げ隠れる弱い存在ではなく、あの手この手でピンチを脱し、時には全力疾走さえみせる。

コールセンターで画面越しに顧客と手話で応対する仕事に就いているが、クレーマー相手に逆ギレして中指立てたり、接待の飲み会のセクハラトークに、手話で罵詈雑言をぶつけたりと、割と好戦的で行動派の女性のようだ。

同じく聴覚障害をもつ母親(キル・ヘヨン)と二人暮らしで、母娘で仲良くチェジュ島に旅行するのを楽しみにしている。

連続殺人鬼のドシク(ウィ・ハジュン)は今日もバンに刃物類を積んで獲物を探しに人気のない夜の町を徘徊する。

彼がはじめに目を付けたのはギョンミの母親だったが、犯行直前に通りがかった若い女のソジュン(キム・ヘユン)に邪魔され、標的を彼女に鞍替えする。

ドシクに襲われたソジュンは暗い路地裏に瀕死の状態でうずくまる。そのソジュンに気づき、近づいたギョンミにもドシクは凶器を向けるが、彼女は辛くも逃げ切る。

一方、両親を亡くし妹ソジュンを溺愛する兄のジョンタク(パク・フン)は、連絡が途絶えた妹を探しに町に現れる。こうして、役者が揃い、長い夜が始まるのだ。

キャスティングについて

主人公ギョンミを演じるのは、『リトル・フォレスト 春夏秋冬』チン・ギジュ。サムスン勤務や民放の記者等を経て芸能界入り。実際は似ていないのだが、映画の中で演じている彼女はどこか石原さとみっぽい。

連続殺人鬼のドシクを演じるのはNETFLIX『イカゲーム』ウィ・ハジュン。善人顔とサイコパスの演じ分けがいい。ギョンミが石原さとみなら、こちらは星野源似といったところだろうか。私は麒麟川島明に一票。

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妹を探し求めて途中から物語に参入する兄のジョンタクにパク・フン。元海兵隊員という役柄だけに、メチャクチャ強い。警察がマヌケな分、彼の活躍は必至なのだろう。パク・フンは超人気の韓国ドラマ『太陽の末裔』ほか、ミュージカルやドラマで出演多数。

ギョンミの母親役のキル・ヘヨン『はちどり』(キム・ボラ監督)で先生の母親役で出ていた女優だったか。ソジュン役のキム・ヘユンとは(日本人には)名前も似ているのだが、『殺人者の記憶法』(ウォン・シニョン監督)では、主人公の姉マリアという同一人物の、少女時代をキム・ヘユン、シスター時代をキル・ヘヨンがそれぞれ演じているのが面白い。

無音の恐怖をうまく演出

本作が長篇デビュー作のクォン・オスン監督だが、なかなか目の付け所がよい。特に感心した点がいくつかある。

まずは舞台設定だ。ソウルのどこかと思われる再開発地域。住宅がひしめく町並みだが、どんどんと人が出ていっているようで、夜間にはほとんど人の姿がみえないゴーストタウンのようなエリア。これは不気味だ。女性でなくても、一人歩きには気が引ける。

起伏に富み、かつ人気がない町並みは本作にうってつけのロケ地。しかも、安全地帯のように警察が監視している一角があり、警報ボタンひとつで警察車両が駆けつける仕組みも効果的に使われる。

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音が聴こえない恐怖の観客への伝え方も、けして目新しいものではないが洗練されている。映画から音を遮断し、観客を主人公たちと同様に無音状態に置く。音に感応して光りだすセンサーを部屋のあちこちやクルマのダッシュボードに配置し、何者かが知らぬ間に近づいてくる恐怖を煽る。

ユニークだったのは、ギョンミの身体能力の高さだ。とにかく常に全力疾走で逃げているイメージ。殺人鬼相手に聴覚障害者がダッシュして逃げ切るパターンが出てくるとは想定外だった。

しかも耳が聴こえずに全速力で走って路地から飛び出すのは、映画でも何度かクルマにぶつかりそうになるが、実際には当の本人には結構怖い行動だろう。さすがに目が見えずに全力疾走ほどは難しくなさそうだが、それでも減速してしまいそう。

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レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

マヌケすぎる男たち

さて、はじめから殺人の手口も犯人も観客にさらけ出してしまい、映画の中でも母親が最初に疑ってからすぐに、ギョンミやジョンタクにも犯人の姿を明かしてしまう本作。そのサスペンス性よりも、ひたすら殺人鬼がチェイスしてくる怖さに重きを置いたシンプルさは、B級スリラーっぽくて好感。

ただ、音声の見える化にはあんなに冴えがみられたのに、他の演出はややベタすぎる。

一般人になりすましたドシクがギョンミの母娘とともに警察署内に入り、調書をとられるシーンでは、正体に気づいた母親をまず脅迫し、その場に偶然現れたジョンタクと激しいバトルを展開する。やっとそれに気づいた警官たちが、犯人と誤認してジョンタクをスタンガンで撃ってしまうのだが、あまりのマヌケぶりは歯痒く、笑えるほどである。

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鍛錬した肉体で頼もしい存在のジョンタクも、このシーン以降は精彩を欠く。調書を盗み見て住所を突き止めたドシクがギョンミの家に侵入する(はじめに登場する夜更けの訪問者が、ドシクではなく一旦緊張を解かせる手法もミエミエ)。

ギョンミから緊急通報を受けたジョンタクがダッシュでやってくるところまでは良かったが、あろうことか、この筋肉男は「妹のソジュンとギョンミのどちらを助けるか選べ」とドシクに迫られ、妹の居場所を教わることを選ぶ。結果、殺されそうになっている眼前のギョンミを置いて、走り去ってしまうのだ。

これは映画の最後まで納得できない行動である。素直に正しい居場所を教えてくれる訳がないし、ギョンミが自力で逃げて、逃走途上でソジュンを見つけなければ、二人とも殺されていた可能性が高い。

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最後に見せた奇策

最後にギョンミが逃げ込んだのは、若者が大勢いる繁華街。あれほど誰も人がいない寒々しいゴーストタウンの至近距離に、夜更けでもこんなに明るく栄えるエリアがあったのか。

だが、悲しいかな、聞こえず喋れずのギョンミは、殺人鬼に追われている自分の切迫した状況を、目の前にいる人々にうまく伝えられず、誰も関心を示してくれない。障害者にとって、世間はこんなにも無関心で冷淡なのか。

人目をひこうとナイフを振り回すギョンミだったが、周囲の人々は、ドシクにたくみに言いくるめられてしまう。ようやく再登場したジョンタクが一旦ドシクを羽交い絞めで失神させるが、その後、油断した隙に形勢逆転。頭の中まで筋肉か、ジョンタク。

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結局、機転を利かせたギョンミが奇策に出る。ナイフを向けドシクに突進し刺すと見せかけ、自分の腹を刺したのだ。白い服に血が広がり、周囲は騒然とする。すぐに警察が駆けつけ、犯人と思われているドシクに銃を向ける。なるほど、こういう勝ち方もあるか。

最後は、逆上してギョンミに襲い掛かったドシクが、射殺される。しぶとくギョンミに向かってくるドシクに、またもや現れたジョンタクがとどめのタックルを見舞う。まさか、これで失敗チャラパーとか思ってないよね、ジョンタク。

てなわけで、本作はあれこれダメ出しなどせずに、殺人鬼に追われるギョンミの脅威の脚力による全力坂を愛でるのが、鑑賞の極意なのだと思う。