『遊星からの物体X』
The Thing
ジョン・カーペンター監督によるSFホラーの傑作。閉ざされた南極の基地に、擬態する正体不明の敵(The Thing)。40年近く前の作品だって、怖いものは怖いのだ。
公開:1982 年 時間:109分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ジョン・カーペンター 原作: ジョン・W・キャンベル Jr. 『影が行く』 早川書房刊 音楽: エンニオ・モリコーネ キャスト マクレディ(ヘリ操縦士): カート・ラッセル ブレア(主任生物学者): A・ウィルフォード・ブリムリー ノールス(調理係): T・K・カーター パーマー(機械技師): デヴィッド・クレノン チャイルズ(機械技師): キース・デヴィッド コッパー(医師): リチャード・ダイサート ヴァンス・ノリス(地球物理学者): チャールズ・ハラハン ジョージ・ベニングス(気象学者): ピーター・マローニー クラーク(飼育係): リチャード・メイサー ギャリー(観測隊隊長): ドナルド・モファット フュークス(生物学助手): ジョエル・ポリス ウィンドウズ(無線通信技師): トーマス・G・ウェイツ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
南極の大雪原。一匹の犬がアメリカの観測隊基地に現れるが、犬の正体は10万年前に宇宙から飛来し、氷の下で眠っていた生命体だった。
生命体は接触した生物に同化する能力をもっており、次々と観測隊員に姿を変えていく。このままでは、およそ2万7000時間で地球上の全人類が同化されるということがわかり、基地は通信手段、交通手段を断って孤立。
そんな状況下で、隊員たちは次第に相手が生命体に同化されているのではないかと疑心暗鬼に包まれていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
カーペンターの南極物語
久々に観たジョン・カーペンター監督作品は懐かしの『遊星からの物体X』。邦題もいいが、ポスタービジュアルとともに、手書きっぽい<The Thing>の原題がいい。
ハワード・ホークス製作のオリジナル『遊星よりの物体X』のリメイクであることは重々承知しているが、なぜかそこまで手を伸ばしていない。本作で十分満足してしまっているからだろう。
ジョン・W・キャンベル Jr.による原作『影が行く』のテイストには、むしろ本作の方が近いとか。
◇
SFクリーチャーものというジャンルで乱暴にくくれば、本作の1982年の公開時期は、あの『E.T.』と重なっており、興行成績としてはイマイチぱっとしない結果に終わる。
だが、さすがカーペンター作品、本作もその後カルト的な人気が今日まで続くことになり、36年ぶりにデジタル・リマスター公開を果たす。
◇
内容にしても、ジョン・カーペンター監督の流儀に則り、単純明快ではじめに主人公たちが置かれた設定をバシッとはめ込めば、あとは観客も思い悩むことなく、物語の中に入り込んでいける。
導入部分からして無駄がない。南極大陸の氷原を走る一匹の犬。日本人なら、まずタロとジロが頭をよぎるが、その忠犬をノルウェーのヘリが追跡し銃撃し始める。
やがて犬は米国基地に逃げ込み、ノルウェーの隊員は言葉の壁で意思疎通もできず、ヘリの誤爆で死んでしまう。
といった具合に話は進むが、こんな不吉な流れで物語が始まれば、南極犬が怪しいことは一目瞭然。あとは敵が姿を現すのを待つばかり。
ヤバい生命体の名は<The Thing>
「閉ざされた南極基地に、擬態する地球外生命体来襲。戦慄の一夜が始まる」
簡潔にして必要十分なキャッチコピーだ。これで本作の面白味は余すことなく伝わる。
◇
地球外から、ヤバい物体(The Thing)が静かに忍び寄ってくるが、主人公たちが置かれた環境は、春まで誰も救援にきてくれず、無線機も壊れて連絡がとれない、隔離された南極基地。
さらにツイていないことに、敵の得意技は擬態ときている。暗闇の中で接近すれば、人間でも犬でも、そっくりに擬態できてしまうのだ。
これにより、12名の基地隊員たちは、誰かに擬態したThe Thingをみつけるために、神経をすり減らしていく。
◇
ゾンビに噛まれてゾンビ化していくのも怖いけれど、相手が敵か人間か見分けがつくので、精神衛生上は、まだこっちよりマシかもしれない。
疑心暗鬼に陥った隊員たちが、敵に襲われたり、仲間割れをしたりで、次第に生存者は絞られていく。このまま、敵が南極を離れて各地に広がっていけば、全人類を同化するまでに27000時間、約3年。
南極では貴方の悲鳴は誰にも聞こえない
本作を鑑賞していると、どうしても思い出してしまうのが、SFホラーの金字塔『エイリアン』だろう。1979年の公開なので、時系列的には本作の方が後出しになる。
閉鎖空間と限られた乗組員、エイリアンがどこにいるか分からない恐怖、腹をかっさばいて飛び出してくる、ヌメヌメしたクリーチャー。こっちは犬であっちは猫といった違いはあるが、確かに共通点は多い。
ただ、本作の企画自体は1975年に存在しているし、何より、ジョン・カーペンターが映画制作の道を歩むきっかけとなったのは、4歳の時にみたハワード・ホークス版なのだ。安易な模倣に走るわけがない。
いや待て、『エイリアン』の原案を作ったダン・オバノンは、ジョン・カーペンター監督とともに学生時代に『ダーク・スター』を共同製作した間柄じゃないか。こっちが本家と言えないこともないぞ。
◇
まあ、両者ともに優れた作品であることは論を待たないし、私はリドリー・スコット監督もH.R.ギーガーも敬愛している。
知恵と工夫で乗り切る姿勢がいい
本作でロブ・ボッティンがデザインしたThe Thingの造形や暴れ方は、何だか好きだな。人の頭がもぎ取れて転がって、そこからクモのような長い脚がでてきて。
怖いんだけれど、笑ってしまう部分もあり、ギーガーにはみられない、B級テイストの面白味がある。知恵と工夫で撮っている感が伝わってくるのが、ちょっと嬉しい。
◇
胸に電気ショックを与えて心臓を復活させるシーンは医療ものでは見慣れた光景だが、まさか胸を突き破ってそいつが現れて、医師の両腕を食いちぎるなんて。
しかも、それを、実際に両腕のない俳優を起用して撮影するなんてことは、CG全盛の現代には見られない工夫だろう。
そして、人間か調べるために、各自採血した血液に熱したコテをあてて、その血が動き出したら犯人確定というのは、チープな絵だがハラハラ感は満載。
時代のせいかもしれないが、あの頃はこんな手作り感のあるSFで十分に俺たちは震え、そして楽しめていたのだ。
地獄の南極料理人マクレディ
基地の隊員12名にしたって、そんなにキャラ立ちしていない人物も多く、覚える前に敵に食われちゃったよというケースもある。
戦争映画でさえ、きちんと女性の登場人物を用意する昨今、ものの見事に野郎だらけの映画に仕上げているところも、ある意味凄い。
ちなみに、本作の前日譚にあたる『遊星からの物体X ファーストコンタクト』は2011年の作とあって女性を主人公に持ってきている。
本作を改めて鑑賞して意外だったのは、主役のヘリ操縦士R・J・マクレディ(カート・ラッセル)が、意外とリーダーシップをとったり、まじめに日誌を録音していたりするところ。
どうしても黒い眼帯してライフル片手に闇夜を徘徊しているイメージで、カート・ラッセルを見てしまう。でもまあ、終盤でダイナマイト抱えてやってくる無鉄砲なところは、さすが良く似合う。
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ノルウェーやアメリカ基地が壊滅状態にある中で、昭和基地ではタロとジロを探したり、南極料理人がごちそうを作っていたりして、平和に過ごしているのだろうか。
いや、邦画の世界では、南極の隊員を残して、世界人類が死滅してしまったこともあったな、ウィルス、いや、ビールスで。今や洒落にならんけど。
久々のジョン・カーペンター、映画の楽しさを思い出させてくれた気がする。音楽が、なぜか巨匠エンニオ・モリコーネというのも、不思議な組み合わせでいい。