『胸騒ぎ』
Speak No Evil
同年にハリウッドリメイクも公開された、デンマーク・オランダ合作の上質絶望スリラー
公開:2024年 時間:97分
製作国:デンマーク・オランダ
スタッフ
監督・脚本: クリスチャン・タフドルップ
脚本: マッズ・タフドルップ
キャスト
ビャアン: モルテン・ブリアン
ルイーズ: スィセル・スィーム・コク
アウネス: リーヴァ・フォシュベリ
パトリック: フェジャ・ファン・フェット
カリン: カリーナ・スムルダース
アベール: マリウス・ダムスレフ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
休暇でイタリアへ旅行に出かけたデンマーク人の夫妻ビャアン(モルテン・ブリアン)とルイーセ(スィセル・スィーム・コク)、娘のアウネス(リーヴァ・フォシュベリ)。
そこで出会ったオランダ人の夫妻パトリック(フェジャ・ファン・フェット)とカリン(カリーナ・スムルダース)、息子のアベール(マリウス・ダムスレフ)と意気投合する。
数週間後、パトリック夫妻から招待状を受け取ったビャアンは、妻子を連れて人里離れた彼らの家を訪問する。再会を喜び合ったのもつかの間、会話を交わすうちに些細な誤解や違和感が生じはじめ、徐々に溝が深まっていく。
彼らのおもてなしに居心地の悪さと恐怖を感じながらも、週末が終わるまでの辛抱だと耐え続けるビャアンたちだったが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
デンマークとオランダの二家族
デンマーク・オランダ製作のホラー・スリラー映画。イタリアのトスカーナで休暇を過ごしていたデンマーク人夫婦ビャアンとルイーセが、オランダ人夫婦パトリックとカリンと知り合い、夕食を共にして意気投合する。
ビャアンとルイーセには幼い女の子アウネスがおり、一方のパトリックとカリンには同じように小さな男の子アベールがいる。特異な点といえば、この男の子には障害があり、話すことができない。先天的に舌がないのだ。
そして楽しい旅行から一年後、ビャアンとルイーセは、ぜひ我が家に遊びに来てほしいと、パトリックとカリンから招待をうけ、迷った末に、オランダの人里離れた彼らの家を訪れる。
だが、再会を喜んだのも束の間、オランダ人夫婦のおもてなしや会話から些細な違和感が生まれていき、やがてビャアンとルイーセは居心地の悪さと恐怖を感じ始める。
これはなかなかの不気味さだ。何が怖いのかもはっきりしない状態が中盤以降まで続くのだ。
おもてなしの不気味さ
普通この手の映画は、ちょっとしたゴア描写のチラ見せだったり、もっと分かり易く死体や血に飢えた殺人鬼が登場したりと、早い段階で、ホラー映画らしい手札を開示し始める。
それは怖くもあるが、同時に、映画の先行きが読める安心材料でもある。
その点、この映画にはその手がかりが極めて少ない。ホラー・スリラーだと知ったうえで観始めなければ、当初はただの楽しい家族旅行の映画にしかみえない。かろうじて、音楽が不吉な雰囲気を醸し出すくらいだ。
だが、オランダの家に呼ばれて訪ねていったあたりから、ほんの些細なことが少しずつ気になり始める。それは、両夫婦は割と似ていると言っていたものの、デンマークとオランダの民族性や文化の差異からくるものかもしれない。
ホストファミリーの好意をむげにできない善良な一家は、「週末が終わるまでの辛抱だ」と自分たちに言い聞かせる。それがどういう結果を導くのか。
◇
後味の悪さからいえば、今年度公開作品のトップレベルにあると思う。この手の映画好きにはたまらない映画かもしれない。
終盤まで、オランダ人夫妻が本当にヤバい人たちなのか、或いはデンマーク人夫妻の思い過ごしで過剰反応をしてしまっているのか、判然としない展開を持続しているのは、大したものだ。
リメイク版はどうなのだろう
原題は”Speak No Evil”。ジャズ好きにはウェイン・ショーターのアルバムが頭をよぎるが、本来は「見ざる、言わざる、聞かざる」の「言わざる」、すなわち「悪口を言わない」という意。
邦題『胸騒ぎ』ではちょっとインパクトが弱いと思ったか、ホラー映画製作で知られるブラムハウスによって本作を米国でリメイクした、ジェームズ・マカヴォイ主演の『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』では、原題を使用。
オリジナルとリメイク作が同年に公開されるというのも珍しい。
リメイク版は未見だが、デンマークやオランダという、日本人にはそれほど良く知っているわけではない文化や言語が背景にあることや、殆ど初見の俳優しか出ていないことで、本作の怖さは何割か増量されていると思う。
だから、リメイク版は舞台がアメリカとイギリスになって、主演もジェームズ・マカヴォイと言われると、どうも雰囲気が違う気がして触手が伸びないのだ。
北欧サスペンスといえば、傑作『ぼくのエリ 200歳の少女』(スウェーデン)、『ドラゴン・タトゥーの女』(デンマーク)、『THE GUILTY/ギルティ』(デンマーク)など、ハリウッドリメイクされた作品が思い浮かぶ。
その中には佳作もないわけではないが、オリジナルのテイストは到底越えていない。
本作は終盤までのネタの引っ張り方はとてもよいのだが、では切れ味鮮やかなラストかと言われると、そこは評価が分かれるところ。でも、このエンディングは北欧の映画らしい気もするので、違和感はない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
気になる違和感の積み重ね
オランダ人夫婦の夫パトリックは、ホスト精神に溢れ社交的な人物に見えるが、同時に胡散臭さも感じ取れる。
最初のひっかかりは、ベジタリアンであるデンマーク人夫妻の妻ルイーゼに、自慢のイノシシ肉を一口強引に勧める場面だ。ここはルイーゼが気を遣って一口食べるが、これが気まずさの発端となる。
子供をベビーシッターに預けて郷土料理屋に行き、読めないメニューから注文させる。その店で、夫婦の濃厚なキスとダンスを見せつける。帰りのクルマは飲酒運転、しかも大音量の音楽。
確かに、パトリックは少々困り者のホストだが、危険人物と決めつけるだけの材料はない。
◇
だが、娘のアウネスを巡る一件が引き金となり、ついにルイーゼは夜明け前に「黙ってこのまま帰る」と言いだし、ビャアンたちは夜逃げ同然に、挨拶もせず彼らの家からクルマで去る。
このまま帰宅すればいいものを、娘が大事なぬいぐるみを置き忘れ、それを取りに戻ったところで鉢合わせ。ここから気まずい口論となる。なんの血生臭さもないが、この場面は怖い。
終盤の絶望感
激しい喧嘩になると想像したが、何と結局ビャアンたちは、予定通りもう一日泊まることにする。
「もう一日残ってくれないか。存分に楽しませるよ」
パトリックはそういうと約束を守り、ビャアンとも再び意気投合する。だが、子供たち二人が楽しそうにダンスを披露すると、息子にダメ出しを始め、パトリックの厳しく指導で息子が泣きだす。
ここは明らかに常軌を逸脱しているが、「教育方針の違いだわ 」とカリンがいう。もはや、オランダ人夫婦は二人とも信用できない。
◇
映画は終盤、ビャアンが彼らの家の離れで見つけてしまったもので全てが解明される。ここには書かないが、割とよく見かけるパターンだ。イザベル・ユペールがストーカーを怪演した『グレタ GRETA』なんかと近い。
そこから先の展開で、ようやくホラー映画としての面目躍如というか、目を覆いたくなるシーンが登場する。私もつい呻いてしまった。ここは賛否両論あると思うが、劇場の大スクリーンでは見たくないな。
後味は最低だが、それを最高と思う人もいるのだろう。絶望が嫌いな方は、リメイク版をどうぞ。