『あの夏のルカ』
Luca
北イタリアの美しい港町で、シー・モンスターの少年ルカは友人と二人で人間社会に足を踏み入れる。
公開:2021 年 時間:96分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: エンリコ・カサローザ 脚本: ジェシー・アンドリューズ マイク・ジョーンズ 声優 ルカ: ジェイコブ・トレンブレイ(阿部カノン) アルベルト: ジャック・ディラン・グレイザ(池田優斗) ジュリア: エマ・バーマン(福島香々) マッシモ: マルコ・バリチェッリ(乃村健次) エルコレ: サヴェリオ・ライモンド(浪川大輔) ダニエラ: マーヤ・ルドルフ(高乃麗) ロレンツォ: ジム・ガフィガン(磯部勉)
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
北イタリアの美しい港町ポルトロッソの住民たちは、海に住む未知の存在<シー・モンスター>を恐れていた。しかし、実はシー・モンスターたちもまた、地上に暮らす得体の知れない存在である人間たちを恐れている。
それぞれの世界は海面で隔てられ、お互いを恐れ、決して交わることはなかった。
ある夏の日、地上への好奇心が抑えられないシー・モンスターの少年ルカは、親友アルベルトとともに禁断の地である人間の世界へ冒険に出る。
レビュー(ネタバレあり)
人間と海の怪物の恐れ合い
『月と少年』が第84回アカデミー賞の短編アニメーション賞にノミネートされたこともあるエンリコ・カサローザの長編初監督作。日本ではディズニープラス独占配信。
スタジオジブリの大ファンとしても知られ、その影響か、本作の絵のタッチも、ピクサーならばもっと3Dアニメでリアルに行けるだろうに、昔ながらの風合いをあえて残している。
だいたい、物語の舞台となる港町が、その名もポルトロッソだからね。どうしたって『紅の豚』(ポルコロッソ)を思い出してしまう。
◇
予備知識なく観ていたはじめのうちは、海の中の魚の物語かと思っていたが、どうやら<シー・モンスター>なる半魚人のような連中が主人公なのだ。デアゴスティーニが発売している、同名の実在の海生生物たちではない。
シー・モンスターは、時折漁にやってきては魚たちを獲っていく人間たちを恐れており、一方の人間たちも、海に暮らす謎の生き物たちを伝説の存在のように恐れている。双方が恐れ合っている構図は、ピクサー初期の名作『モンスターズ・インク』に類似している。
ベスパにジェラートに噴水
地上に出て肌が乾くと人間の姿になるシー・モンスター。主人公の少年ルカは、人間社会に興味をもち、先に地上でひとり暮らしている、同じくシー・モンスターの少年アルベルトと親しくなる。
二人は人間社会にあるモーターバイクのベスパに心惹かれ、なんとか手に入れたいと夢中になる。
◇
地上に出てはいけないと両親に厳しく言われているルカが、親の目を盗んでは地上でアルベルトと二人で遊ぶ。
ここまでは、なかなか人間との接触はないのだが、しばらしくして、ようやくポルトロッソの町に行ってみようということに。ここで二人は、ベスパを手に入れるために、町で開催されるトライアスロンに参加することにする。
アニメでも美しく再現される北イタリアの港町ポルトロッソが美しい。細い路地に坂道の多いこの町は日本なら尾道を彷彿とさせる。エンリコ・カサローザ監督の生まれ育ったイタリアの町をイメージしているとか。
時代は1950年代。なるほど、クラシックな形のベスパに色とりどりのジェラート、おまけに噴水とくれば『ローマの休日』を連想させる。
この町でルカとアルベルトは人間を装い、レース優勝常連のガキ大将エルコレにいじめられながら、毎年彼に挑戦しては敗退している少女ジュリアとチームを組むことにし、レースの準備を進めていく。
雨や噴水などで水に濡れればモンスターに戻り、乾けば人間になるルカたちの変わり身の面白さと、いつ正体がばれてしまうかのスリルがなかなかバランスよく、子供たちにも分かりやすいのではないか。
◇
また、トライアスロン形式のレースも本物とは違い、バイクと水泳と早食い競争の組み合わせなのが面白い。パスタやペンネ、リガトーニなど、どの麺がでてくるかは当日まで分からないので、毎日早食いの練習を積む。
土地柄ジェノバに近いらしく、ソースは毎度、ジェノベーゼ。ルカたちが居候させてもらっているジュリアの家で漁師の無口な、シングルファーザーの大男マッシモが作ってくれるのだ。子供心にも食べてみたくなりそう。
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
受け止めたメッセージとは
ジュリアと三人で力を合わせ、いじめっ子のエルコレに勝って、賞金でベスパを手に入れよう。ピクサー長篇アニメとしては、題材としているネタはわりと小さなスケールだ。
シー・モンスターの世界でも、いなくなったルカを探しに両親は地上に現れるが、人間とモンスターの種族同士の戦いというようなダイナミックな話ではない。
◇
だが、伝えようとするメッセージは、案外大きくて重たいものだ。互いに恐れ合っていた人間とシー・モンスター。一緒に生活するなかで、まずジュリアは二人の正体に気づく。はじめは驚くが、すぐに受け容れて、ともに練習を続ける。
そしてレース本番、ふとしたことから、競技の途中でルカとアルベルトはその正体をさらけだしてしまう。「シー・モンスターだ!」観客たちは騒然となる。何せ、懸賞金さえかかっている怪物たちなのだ。
だが、ここから先はさすがピクサーのファンタジーだ。無口で強面で一番おっかなそうな大男マッシモが、彼らの正体を認識しながらも驚きを見せず、「彼らが優勝者だ 」と称える。ここは泣かせる。
結局、町の多くの人が、彼らを受け容れるようになる。種族間の垣根が取り払われる。だが、本作でただひとり悪役の座についているエンリコは、一貫して敵のままである。
世の中は、全ての人があなたを受け容れてくれるわけではない。だが、必ず味方はいるものだ。
ここには現実社会を生きていくうえで、年齢に関わらず大切な学びがある。全員に受け容れられようと思わなくていいんだよ。これは楽に生きていくためのマジックワードなのではないかと思う。
◇
ひと夏を舞台に描いた作品は、ピクサーでは初ということだ。夏休みを感じさせる映画は、観ていて楽しい。
日本では最後に井上陽水の『少年時代』が流れる。トクマルシューゴがアレンジを加えて、ヨルシカのボーカルsuisが歌っている。とても作品のイメージに合っている。