『旅立つ息子へ』
Hine Anachnu
自閉症スペクトラムの我が子を施設に入れたくない父親と、離れたくない息子が入所直前に逃避行。お母さんも頑張っているのだけれど、これはちょっと型破りな父親と純粋な息子の物語。泣く気満々で観ないのがオススメ。
公開:2021 年 時間:94分
製作国:イスラエル
スタッフ 監督: ニル・ベルグマン キャスト アハロン: シャイ・アヴィヴィ ウリ: ノアム・インベル タマラ: スマダル・ボルフマン エフィ: エフラット・ベン・ツア アミール: アミール・フェルドマン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ(公式サイトより引用)
愛する息子ウリのために人生を捧げてきた父アハロンは、田舎町で二人だけの世界を楽しんできた。
しかし、別居中の妻タマラは自閉症スペクトラムを抱える息子の将来を心配し、全寮制の支援施設への入所を決める。定収入のないアハロンは養育不適合と判断され、裁判所の決定に従うしかなかった。
入所の日、ウリは大好きな父との別れにパニックを起こしてしまう。アハロンは決意した。「息子は自分が守る―」こうして二人の無謀な逃避行が始まった。
レビュー(まずはネタバレなし)
父と息子の逃避行
自閉症スペクトラムの息子と父親の絆を描いた作品、監督は『ブロークン・ウィング』や『僕の心の奥の文法』で、東京国際映画祭グランプリに二度輝いている、イスラエルの俊英ニル・ベルグマン。
◇
父・アハロン(シャイ・アヴィヴィ)は、自閉症スペクトラムの息子ウリ(ノアム・インベル)の世話をするため、グラフィック・デザイナーのキャリアを捨て、二人で田舎町で暮らしている。
面倒をみるのは重労働だが、それを苦にせず、幸福そうな毎日だ。だが、別居中の妻タマラ(スマダル・ボルフマン)は息子の将来を心配し、全寮制の特別支援施設への入所の話を進める。
◇
ウリが嫌がることを理由に入所に難色を示すアハロンだったが、やがて施設斡旋のコーディネーターとも面談し話が進み、彼の定収入もない現状では裁判所命令に従わざるを得ず、入所先が決まってしまう。
だが、ウリは父との生活を変えたがらない。金魚たちにエサをあげて、チャップリンのDVDを観て、アハロンの作る星型パスタを食べる。新しい家で友だちと暮らすのなんて、まっぴらだ。
アハロンがウリをなだめすかして施設へと一緒に向かう途中、乗り換えの駅でウリはパニックを起こし叫びだす。悩んだ末にアハロンは、そのまま目的地をかえ、父子であてのない逃避行を始める。
自閉症スペクトラムとどう向き合う
自閉症スペクトラムを主人公にした映画は、たまに見かける。
厳密には異なる病名なのかもしれないが、私の観た範囲で思い出せるのは、『レインマン』『ギルバード・グレイブ』『アイ・アム・サム』『ザ・コンサルタント』『シンプル・シモン』『ミリィ/少年は空を飛んだ』『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』等々。
◇
当然ながら、症状も重度も異なる。本作のウリは年齢的には子供というより若者だが、会話は一応成り立つけれど、保護者抜きで普通に他人と意思疎通するのは難しそうだ。
だからこそ、アハロンの苦労には頭が下がるが、一方で、成人近い彼にいつまでも付きっきりではいられない。施設入所を考える母タマラの行動もまた理にかなっている。
この夫婦がなぜ別居に至ってしまったのか、多くは語られない。息子の将来をどう考えるか、その見解の相違が別居に発展したのか、逆に何らかの理由で別居するうちに意見が分かれたのか。
◇
ただ、ウリがあの大きな体を振るわせて駅のホームに転がって、駄々をこねて騒ぐ姿を目にすると、施設がよいというタマラの意見に賛同したくなる。
アハロンは我慢強く感情を荒立てない人物だと感心はするが、やはり父子の生活には限界があるのではないか。だが、ウリと二人の無理筋な逃避行を見ていると、どうにもこの父親に感情移入してしまう。
感動の押し売りが似合う作品ではない
「旅を経て父が下した決断に、涙が止めどなく溢れる」
「世界中がこの美しい親子愛に大粒の涙‼」
これは公式サイトにある宣伝文句である。本作に限った話ではないし、観客動員を促進しないとコロナ禍で死活問題なのは理解もするが、この<泣かせんかな>の煽り文句は、本作のテイストには合っていないと思う。
本作のよいところは、どこにも感動を押し付けようと言う過度な演出がないところだ。だからこそ、さりげなく、慎ましやかに訪れるラストシーンが、引き立つ。
ベタなお涙頂戴の濃い味付けにしていないことで、観る者は最後の隠し味にも気が付くことができるのだ。
◇
涙が止めどなく溢れている人も、観客席に何人かいたとは思うが、まあ、言われなくても勝手に泣きたいときは泣くので、煽ってしらけさせないでね、というのが正直なところ。
これから観る方には、泣く気満々で行かないほうが、観終わったときに健やかな気持ちでいられますよ、とだけお伝えしたい。そのスタンスで臨めば、とても味わい深い映画だと思う。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからはネタバレする部分がありますので、未見の方はご留意願います。
息子ウリとはこんな人
感動前提で観始めると最初に戸惑うのは、ウリの、周囲の大人の気苦労をよそに、幼児のように勝手気ままにふるまうところかもしれない。時にはイラつく場面も多いが、これは実際の子育てそのものにある話だ。
人の話には聞く耳を持たない。何でも質問する。カタツムリを踏むのは怖い。ボタンで開けられない自動ドアも怖い。
◇
普段なら微笑ましいことでも、こっちが困っていたり、急いでいる時にもマイペースでやられると、大人だってついカッとなる。アハロンでさえ、そうなのだ。
おまけに、彼はいい年齢の若者だ。女性の裸に興味もあれば、勃起もする。映画の中で性の問題にもきちんと向き合っているのは好感だが、現実社会ではどう対処するのだろう。
◇
ノアム・インベルの演技は実にリアルだ。実際に彼の父親が自閉症スペクトラム施設の職員で、小さい頃から施設の友達と触れあってきたということだが、その影響もあるのだろうか。
父親アハロンとはこんな人
シャイ・アヴィヴィの演じる父・アハロンもまた、単に息子を溺愛しているだけにも思えない、複雑なキャラクターでリアリティがある。
ウリには惜しみない手間と愛情を注ぐが、若い頃には注目されたグラフィック・デザイナーだったという、かつての栄光を捨てられない。自分の作品を理解できないクライアントを嘆き、好条件の仕事をきっぱり捨てて、息子との生活に専念する。
◇
息子の将来よりも、楽しい今の生活を優先し、「パパと暮らしたい」と、ウリに言わせるように仕向けているようでもある。タマラを寄せ付けずに二人で暮らす生活も、少しでも互いを尊重できれば、また違う答えになったのかもしれない。
逃避行をとっても、学生時代からの仕事仲間で恋愛感情もあったであろうエフィ(エフラット・ベン・ツア)や、ソリがあわず疎遠だった弟アミール(アミール・フェルドマン)などを相手に、結構大人げない対応をしたりする。
挙句の果てには、有り金も尽きた中で、ウリがアイスを盗んで食べてしまうのだが、その店主に逆ギレしたアハロンが殴りかかるという、血気盛んな展開に。これは店主に同情するわ。
予定調和だって、全然問題ない
さて、そんなことでアハロンは警察に連行され、気が付けばウリは施設に入所させられている。この先は多くを語らない。父の下した決断にサプライズはないが、ここは予定調和でいいのだ。
とても伏線だとは思っていなかった、チャップリンの『キッド』や、自動ドアや、星型パスタや、いろいろなアイテムに最後にもう一度脚光が当たるのは、なかなか良かった。
◇
はじめて、うちの子供を幼稚園に入園させたときの思い出がよみがえってきた。ウリが親離れできないのではなく、アハロンが子離れできていなかったのだ。
しばらく距離を置くうちに、子供は親の心配をよそに、何とか順応できているものだ。子供を信じることは、大事なのだと改めて教わる。
◇
そして、涙を売りにしない本作のよいところ、ラストシーンでもウリはウリのままなのだ。急に物分かりが良くなったり、泣かせる台詞を吐いたりしない。最後までありのまま。だからこそ、胸に響くものがある。